「詩歌に見る防大生」(『小原台』

教え子が国会議員に
(追記2010年7月15日)
 2010年7月の参議院選挙で教え子の宇都隆史君が当選しました。宇都隆史君は私が防衛大学校教授の時に、航空志望の学生は受講できない「海戦史」を、越境聴講した教え子です。先日、「先生、私は先生の教え子です」と言われましたので、早速、「教え子の認定試験を行う。嫁を貰うときの基本要件の4Hを言え」と言いましたら、「ハイ、Heart,health,headとHelp(色気)」ですと正解でした。海上の学生で戦史と海戦史を習った学生でも、正解率は30パーセント以下ですから感激しました。
しかも、ここに収録した和歌、俳句、狂歌、川柳などは10年間、「戦争史」と「海戦史」の出欠確認に行っておりましたが、ここに掲載されているのは3年間の詩歌ですから2000首程度、そこに宇都君のが3首もあるのです。
 第1は「帰り道 どんぐり拾って 秋を知る」、第2は「いつもなら 気にもかけない カップルも 今日はむかつく クリスマス・イブ」、第3首は慶応大学の小林節教授に「気になる防大生の士気」なる一文が朝雲に掲載されて、 防大生の授業中の居眠り問題が指摘されたのですが、 「秋深し 眠りも深し 防大生と詠んでいます。在校中もなかなかの学生だと感じておりましたが、宇都君に会い、先生と言われ、年の過ぎる早さに驚くと共に、大きく育った教え子に教育者としての醍醐味を味わった次第です。どうか皆様「宇都隆史」君をお願い致します。私の教え子ですので「国家、国益、国民」の3要素は叩き込んでありますので。

はじめに

 聴講する学生が多すぎて出欠を取る時間が惜しい。これによって「ガガーン」「ダダーン」「ギャーオ」、さらには「ウソー」「ホントー」程度の作文力しかない「マンガ」世代の学生に、多少は作文能力、さらには高尚な文学的センスも養えるのではないかと願って海戦史の出欠確認を短歌や俳句(狂歌・川柳を含む)を提出させてから2年が過ぎた。 文学的素養のない教官に指導などできるわけもなく、 単に毎週120首の作品から25首程度を選び配布してきたが、 ワープロをたたきながら、 「この野郎」と怒ってみたり、「良し良し、 なかなか育ってきた」とほくそ笑んだり、「やられた」、 学生はよく見てると苦笑し、 反省させられたりの毎日であった。 それにしても、 防大生とはどのような若者なのであろうか。 詩歌提出を続けるうちに以外に真面目であり、 多彩であり、 「さわやかな」若者であると感じさせられた。 そこで、 現在の2年生と3年生(2年生の時)の作品から、 独断と偏見で本音と建前を表現した名句(迷句)を紹介し、 防大生の実像に迫ってみたい。

1 一日の学生生活

 それでは最初に1日の学生の生活を追ってみよう。防大生の1日は夏は6時から冬は6時半から、 「小原台 人もすずめも ラッパ起き(川合 元)」「目が覚めて 外は暗いが でもラッパ」とラッパで始まる。多くの学生は「朝点呼 寒い眠たい 出たくない(川合 元)」と感じ、「肌寒むに ふと目覚めると 6時半 毎朝恨む 夜の短さ(野中義弘)」と寝不足を感じながら起こされる。 そして、 「白タオル 力が入る冬の朝(小川康実)」の寒風摩擦を行い、「冬の朝 日朝点呼 風邪のもと(平野統義)」といわれる点呼を受け、体操、 掃除、食事、そして課業整列、国旗掲揚、 朝の訓示が行われる。 そして、 「冬に入り 進む寒さに 耐えながら 教場まだかと 歩みを早む(佐瀬智之)」課業行進を経て、 「防大生 卒業すれば 指導官 こうも変わるか 人の本質(山根毅士)」の指導官の監督を離れて学生舎から教場にやってくる。そして、授業、 終わってクラブ(運動部)活動、 入浴、 食事、 自習、 延灯と続き1日が終わる。 このような学生の1日を詩歌で紹介すると次のようなものである。

ラッパ鳴り 目覚めて見れば 冬の朝 寒さと眠さ 今日も厳しく(黒河内信祟)

凍風に 吹かれながらも 声を出し 厳しいものかな 我が青春は(北村城司)

朝礼は 落ち葉舞う舞う 風の中  かじかむ両手 直ぐ袖の中(森美和)

長々と いつになったら 終わるのか 合同朝礼 いと寒し(近藤美紀)

ウイルズが 充満している 学生舎 無茶な伝達 「風邪引くな」とは(屋地元奈央)

学生舎 窓の枠から 透き間風 寒さこらえて 学に励む(稲葉忠夫)

夜寒く スチームもなく 寝る前に 問答無用の 重武装(相沢究真)

消灯後 皆と一緒に 話込む 登場人物 カスな教官(戸高勉)

冬風に 寒い宿舎で 寝る前に 毛布六枚 運び込む我(ロック・ワィ・レック・ウィリー)

木枯らしに 冷えた裸の 日朝点呼(杉浦史郎)

霜下りて 号令調整 白い息(井坂俊宏)

木枯らしの 吹く朝靄に 声あらし(中辻智)


2 授業風景
(1)海戦史の授業

 教場に着くと最初の授業が「海戦史」であり、 学生は「朝一の 授業は眠し 海戦史(妹尾研作)」と席に着き私の出番となる。 そして、 眠られてたまるかと「海戦史 うとうとしてたら 立たされた(坪野裕弘)」と、 物理的暴力を奮い大声を張り上げ熱弁を奮い、「日本艦隊が.......ここは試験に出すぞ」との体力と智力を総動員した悪戦苦闘の90分の戦闘が始まり、 終わって出欠確認を兼ねた詩歌提出と相成るのである。

  この詩歌提出に対し中には「歌詠めと 言われてとまどう 海戦史 文武両道 芸術の秋(妹尾研作)」と一応理解を示してくれる学生や、 「国敗れ 武士たちの 夢敗れ 海に沈みし あの軍艦(川口美登里)」、 「わだつみの 海に沈みし 軍艦我らは学ぶ 武士の跡(菅原 誠)」、 「幾度も 波を砕きし ますらおの 熱き言葉に われは応えん(平野統義)」と理解し、 「考えて 考えあぐねた 先人の 無限の努力 素晴らしく思う(木下盟仁)」と帝国海軍の兵力整備や作戦計画に敬意を持つに至る学生もいる。

 しかし、 ある学生は「毎回の 和歌の課題に 悩まさる 何の授業か 海戦史(真鍋太)」と講義の内容を批判し、「歌出して あとは冬眠 海戦史(森安竜)」「歌書けば 半分終わりだ 海戦史(竹嶋広明)」であり、 そのくせ自分の歌が選考に漏れると、 「講義中寝る脳みそを 叱咤して 捻った短歌 総てボツ(徳永亘)」と選者に圧力をかけるのである。

 さらに、 学生は「海戦史 壷にはまれば 眠くない(浦川真仁)」と脱線すれば眠らないが、 一寸、 本論に入ると「海戦史 今日も寝ました ゴメンナサイ(読み人知らず)」と全然授業などは聞いていない。 また、私が母校出身の教官であることから学生に対する思い入れも強く、 授業中に「このように育って欲しい」「この体験だけは聞かせておきたい」などと体験談を話し、 授業の本筋から離れてしまうため、 授業は「海戦史 授業内容 見てみれば 説教9割 講義1割(徳永亘)」と説教中心の講義となってしまうのである。 そして、 その結果は次のような批判となるのである(反省 )。

前置きが 長いといつも 思うけど 今日も長いぞ もう30分(見上龍也)

教科書を 開いて時計 眺むれば 本当に長い  平間の脱線(川口美登里)

すんなりと 授業に入ると 思いきや いつのまにやら 平間の説教(森圭野)

また説教 黒板寂し 手も寂しし(石橋貴志)

朝つらい 平間の説教 またつらい(斎木康博)


 なかには、 「たらちねの 母が教えし あの躾 どこか似ている 平間の説教(内藤 亮)」との歌を出す可愛い学生もいる。 しかし、 喜ばされた途端に「海戦史 なにか良いこと 言うけれど 結局最後は 平間の自慢(高橋有典)と止めを刺されてしまう。

(2)授業中の居眠り

 私は自己の体験から眠らせないようにあらゆる手段を採ってているが、 学生が一番嫌うのは次の規律違反自認書を皆の前で朗読させられることのようだ。    

「規律違反自認書
 私は国民の皆様の負託を受け、高い税金で養わ れているにもかかわらず、教務時間中に豚のよう に眠りこけてしまい申し訳ありません。     もし、今後、同じように2回以上眠りこけた場 合は受講を拒否されても異議は申し上げません。 国立養豚所 豚児 ○○○○

 ところで、昨年11月に部外講師の慶応大学の小林節教授に「気になる防大生の士気」なる一文が朝雲に掲載されて、 防大生の授業中の居眠り問題が指摘され、 学生や学校当局に一大衝撃を与えた。 本来、 居眠りは訓練や体育が重視され、 欠席が職務放棄と厳しく罰せられるために生じる軍学校特有の現象で、学生は「朝ぼらけ 我の意識は 絶え絶えに 現れ消ゆる 講義の内容(杉田淳)」の状態で教室にやってくる。 しかし、 この学生の居眠り防止対策は極めて難しく、 この現象は旧軍も列国の士官学校も同様で、 話題がこの授業中の居眠り問題となると洋の東西、 社会体制を問わず共通の悩みを持っており議論に熱が入る。 しかし、 名案はないようだ。

 一方、日本の大学の悩みは授業中の私語だそうで、この居眠り問題をある私大の先生に話したら、 「贅沢な悩みですね。 私の大学などは授業中に私語が多くて、 『私語やめ』『私語やめ』の繰り返し、 寝てくれる方が静かで宜しいのではないですか」といわれてしまった。 さて、「暑くても 寒くても寝る 防大生(戸高尚樹)」が、 この居眠り問題を指摘された学生の反応は大きく、 学生新聞の「小原台」は健気にも次のように書いている。

 「失ったものを取り戻すのは、 それを維持し続けるよりも、 はるかに難しいのは周知の事実である。 そして、 失った名誉を奪回するのが、 この学校の本来あるべき姿であるはずである。 そう、 将来私たちが情熱を傾けて取り組む仕事は国の安全と平和と、 そして名誉を守る貴い仕事なのである。 学校の名誉は当然そこで学ぶものの名誉であり、 従って誰一人として、 自分とは無関係だと言えるわけではない。 自分たちの名誉を守れない、 また失ったものを取り返せない人間が、 国の名誉のために汗を流すこの貴い仕事に従事する資格はない。 事実として、 私たちは岐路に立っている。 いま必要なのは飾られた言葉ではなく行動のみ、 それほど失ったものは大きい。 将来、 私達が守ることになる社会が欲するものは、 偽作ではなく本物のみである。 私達が本物か否か、 真価が問われている時が来た」。

 また、 この問題に対して私の講義を受講している学生は「朝雲に 書かれし眠る 防大生 普段読まずも これは熟読(高橋慶)」で始まり、 「授業中 眠る学生 いと多し これで良いのか 防大生(高橋 淳)」、「居眠りを 肯定するのか 防大生 少しは知れよ社会常識(佐瀬智之)」と慨嘆する者、 「秋深し 眠りも深し 防大生(宇都隆史)」「今週も 説教づくめの 海戦史 説教されても 瞼は重し(生野敬之)」と居眠りは自然現象であると開き直る者、 さらには「我々は 眠れる獅子の 防大生 今に見ていろ 何処の教授(迎公宏)」、 「やる気ない 学生直ぐに 眠りこけ 怒らぬ教授も やる気なしかな(桑山竜夫)」「居眠りを 指摘さるるは 腹立たし 教授方こそ 熱き熱意を(桜田将)」と逆襲する者まで多様であった。 しかし、 多くの学生は次のように現状に問題意識を持ちながら勉学に励んでいるのである。

朝起きて 授業を受けて クラブ行く これでいいのか 惰性の毎日(木村文紀)

海原の 高波知れど 世の中の 荒波知らぬ 防大生(横山成樹)

防大生 努力を嫌い 文句だけ 自分の怠惰 棚に上げつつ(古谷修一)

枯れ果つる 大志を抱き 立つ城の 若き武士 今は虚しき(平野仁之)

寒空に 我が身を呪う 20歳の夜 学は成らざる 時間は過ぎる(桑山竜夫)

朝起きて ふいと虚しく なりにけり これで良いのか 防大生(吉田康一)

我々は 心の熱き 防大生 今こそ目覚めよ 大和魂(一井直巳)

志 物満ち足りて 霞み行く(小田将永)

防大は 軍事二の次ぎ 三の次ぎ(原彰宏)

(3)試験・追試・進学

 居眠りしたり普段さぼってた者が復讐を受けるのが試験と落第だ。「半年の 溜まりに溜まった つけかえす 寝れぬ夜続く テスト前(小河邦生)」と努力するが、年間30名程度が落されてしまう現実が待っている。 試験を通過し3年生に進級できると、 下級生から敬礼される身分とあり、 「答礼も ぎこちなきかな 春4月 緑の名札も 誇らしく(佐藤晶子)」の心境になれる。 しかし、 防大は落第すると1期違えば人間と犬猫ほどの差が着く階級社会、 かっての同期にも上級生として先に敬礼をしなければならず、このため「葉が落ちる 単位が落ちる 虚無の秋(山本忠浩)」の心境となり、 次のような嘆息となるのである。

単位のため 夜夜中まで 一夜漬け 思い焦がれて 眼血走る(中尾喜洋)

春近し されど不安が 増すばかり テスト終われば 冬の再来(小西倫功)

再試験 単位取るぞと 臨みしも 頭も解答用紙も 全て真っ白(藤井洋二)

初夢は 再試再試の 山登り(中野昌英)

秋の夜に 思うは再試の ことばかり(大江光輝)


3 防衛大学校の歳時記

 防大生は一般の大学生と同一単位数を履修し、さらに幹部自衛官となるため訓練、 クラブ活動(主として運動部)があり、そのうえ、世界にも類が少ない陸海空の統合の学校であるため、 旧海軍の「カッター競技」「棒倒し」、 陸軍の「スキー訓練」「行軍や夜間行進」から、 アメリカの陸軍士官学校の断郊競技、 さらには一般大学でも行っている文化祭に水泳や球技大会、 それに卒業ダンスパーティ、 さらには自衛隊創立記念日のパレードなどなど行事が多いのが特徴である。以下、これらの行事を歳時記風に紹介したいと思う。 しかし、 教務が10月から3月なので春夏の歌は少ない。

(1)訓練

訓練で 乗りし かとりは 戦船 酒はなくとも 酔うに困らず(黒河内信崇)

妙高で スキーをやって みたものの 顔から転び 白眉の私(吉岡照野)


(2)開校祭


 なびく旗 戦意は高し 棒倒し 開校祭も 後僅か(平野仁之)

 悔しさに 仲間と泣いた 棒倒し 来年こそはと 夕暮れに誓う
                            (松田大輔)
 秋の空 雄叫び響く 棒倒し(藤本将克)

 棒倒し 殴れや蹴るの 大暴れ(吉村昌志)

 秋深し 懐寒し 開校祭(浦川真仁)

 開校祭 準備疲れで 睡魔勝ち(屋地元奈央)

(3)横須賀-東京間の夜間行進・硫黄島研修

靖国の 社に立ちて 我思う 護国の御霊 安らかなれと(藤井洋二)

はるかなる 千鳥ケ淵を 目指しつつ 旅路は続く 星を頼りに( )

南海に 散りし若者 その年は 我と比べて 幾らたがわん(穴田和義)

硫黄島 平和願がいて 戦いし  故国の英霊 ここに眠らむ(古川恵司)

国靖く 戦争知らず 平和ボケ(青柳武士)

(4)自衛隊記念日のパレード

 防大は自衛隊記念日のパレードでは全自衛隊の先頭を行進しなければならない。 そして、 参加した部隊隊員からはこれが将来「俺たちの上官か」と羨望と批判の目で、 参列の外国武官からは21西紀の自衛隊を評価する材料とされている。 このように防大の行進の出来不出来が各方面から注目から注目されているが、 大学としての教務時数を確保しなければならずパレードの練習をする時間はとれない。 このため自衛隊記念日前には陸上自衛隊から投光車を借用し、 授業が終わった夕方から夜間におこなわれる。 そして、 次のような歌が提出される。


パレーどの 訓練終わりて 眺めれば 秋の夜空に 月ぞ昇るる(川田和彦)
傾日に 銃剣輝き 捧銃 木の葉は落ちる パレードの秋(中津博宜)
防大生 観閲式も やる気なし  これでいいのか 自衛隊(矢野吉彦)

(5)季節の歌ー秋

暗き夜 街の灯だけが 燦々と 虫の音色に しばしたたずむ(中岡泰省)

熱き湯に つかりし後の 頬なづる 夕風涼み 来る秋を知る(三谷仁宏)

たらちねの 母なる思い ふつふつと 思い出させし 秋の夕暮れ(大林浩文)

露受けて 風なき朝に 置く露の 重きに耐えず 落つる紅葉葉(鈴木周)

カサカサと 乾いた音を 立てつつも 散る紅葉葉の 艶やかな舞(中尾喜洋)

紅葉に 負けじとはためく 日の丸の まったき緋紅の 鮮やかさかな(森本紀子)

秋風が 身にしみわたる 寒さだが さらに寒きは 我が空財布(柏村茂樹)

寒空に 色移り行く 小原台 わが家の庭も はや変わりなむ(林 秀樹)

秋の空 星輝やく だた深々と(石井 毅)

寒空に 空気清々 富士高し(佐藤晶子)

木枯らしに 茶色き木々の 枝が鳴く(青柳武士)

天高く 澄んだ青空 秋深し(杉浦史朗)

身に凍みる 小原の風に 枯れ葉舞う)(リヨン・ワイ・クワン・エドウィン)

朝露の 落ちる滴に 秋を見る(松下尚之)

秋の夜は 耳に虫の音 目には星(大中一剛)

秋風に 揺られ旅する 枯れ葉かな(手塚真理子)

虫の音に 遠き街の灯 揺れかすむ(野々山正隆)

帰り道 どんぐり拾って 秋を知る(宇都隆史)

朝焼けに 映ゆる頂 富士の峰(杉浦史朗)

秋の空 星輝やく だた深々と(石井 毅)


(4)ボーナス・クリスマス

 開校祭も終わると「祭り去り 木枯らし吹いて 日は暮れて あとはボーナス 冬休み待つ(読み人知らず)」となる。 しかし、 財布の中身は「木枯らしが 身に染みわたる 寒さだが さらに寒きは わが空財布(松村茂樹)」の状態であり、 ボーナスも「寒い冬 なにより嬉しい ボーナス日 凍えた懐 ほのかに温む(熊谷美登里)」程度で、 大方の学生は「冬休み 遊ぶ予定は数多く 金の需要に 供給足らず(三谷仁宏)」の状態であり、 財布の中身は「楽しみな 冬休みまで あと僅か 財布の中身も もうあと僅か(福井一喜)」で、 中には「今年こそ 親にボーナス あげよかな(枦元真哉)」と考える奇特な学生もいるが、 多くの学生は「20過ぎ 今は貰えぬ お年玉(藤田隆幸)」とは考えているが、 小遣いを使い果たし片道切符の帰郷となるのである。

 しかし、 それ前にジングルベルのクリスマスがある。 しかし、 防大はミッション・スクールではないので、 「クリスマス 巷は騒いで いるけども 授業を受ける 防大生(迎公宏)」と授業があり、 さらに外出もできない。 そのため、 「防大生 寂しく 過ごすクリスマス(高橋淳)であり、 その心中は「いつもなら 気にかけない カップルも 今日はむかつく クリスマス・イブ(宇都隆史)」と穏やかではない。 授業をしていても学生の精神状態は「授業中 頭の中は クリスマス(速水孝明)」の状態で、 次のような愚痴を歌に託すことになる。

やな季節 町にカップル 目にツリー 冬の寒さが 心に凍みる(鈴木周)

クリスマス 今年は平日 むかつくが やりきれないのは 物理のテスト(井坂俊宏)

クリスマス 僕はこの時期 特に寂し 故郷のイブ 家族を思い(レイ・グレバンテス)

年の暮れ 猫も杓子も クリスマス(野口英一)

われ掃除 外ではみんな クリスマス(大中一剛)

(5)休暇準備

 クリスマスが終わると2〜3日後には休暇が始まる。学生の中には「すぐ帰れ 母に電話で 言われても 帰ったところで 使われるだけ(田中政尋)」と直ちに帰省しない者もいるが、 「一年が 終わるに近づき 思い出す 我が古里の 味噌汁の味(丸山実)」であり、 学生にとって休暇は「暦見て 指折り数える 冬休み(藤本将克)」であり、 「冬休み 早く帰って 遊びたい(黒木伸浩)」のである。 しかし、 それまでに通過しなければならないのが、 休暇前の大掃除であり、それを点検する校長点検である。 また、 さらに定期試験の出題範囲を縮小してあげたいと考える心優しい教官の年末テストもある。 しかし、 この心優しい教官の好意は「年末は テストだらけの スケヂュール 心身ともに 寒くなりけり(渡部大志)」と学生には全然理解してもらえてない。

年末に 小銃磨く 防大生 愚痴を垂れるては ため息尽きず(平野仁之)

大掃除 拭けど磨けど 奇麗にならぬ いやだいやだよ 校長点検(古川恵司)

大掃除 されど気分は 冬休み(屋地元奈央)


 そして、 この間も「休暇前 心はすでに 学校になし(宮崎雅彦)」とか、 「帰省前 掃除を終わり 荷造りし 残った授業は うわの空(金岡恵子)」の学生を相手に教官の涙ぐましい努力と忍耐の休暇前の数日が続くのである。

(6)正月・休暇


初詣で 神に群がる 人だかり こんなに願いて かなえらるるや
(吉村英也)

元旦に 目標立てて 意気込めど  あっというまに 年は過ぎ行く
(小柳浩史)

初もうで 今年も静かに 我思う 今年こそはと 我が志(小長井基至)

久方に 会いたる祖母の 丸い背に 木枯らしに 冷えた裸の 日朝点呼(杉浦史郎)


霜下りて 号令調整 白い息(井坂俊宏)

木枯らしの 吹く朝靄に 声あらし(中辻智)

冬の寒さが 老体にしむる(吉岡照之)

帰るたび ますます小さく なる母に 家を出たこと 悔やむ休日(佐藤晶子)

お正月 故郷へ帰れば 懐かしい 顔がコタツに 勢ぞろい(豊原芳の)

親族と 土産話に 花咲かせ つくづく感ず 家族の温もり(野中義弘)

お正月 体重気にせず よく食べた  おせちにぞうに つきたての餅(川口美登里)

年明けて 今年こそはと 決意した 意気込み何処 気づけば如月(金岡恵子)

(6)カッター競技

波砕け 寒風すさぶ 走水 今日の勝利に 櫂を立てつつ(小河邦生)

奴隷船 耐えて耐えて 一カ月 終わってみれば 充実の日々
(野々山正隆)

競り勝って 立てたオールが 目にかすむ(堤田和幸)

世の中に 絶えてカッター なかりせば 我の心は のどけからまし
(杉田淳)

(7)季節の歌ー冬

身を縮め 彼方に見ゆる 白化粧  富士山告げる 冬の訪れ(岡本善孝)

成人を迎えるその日 目を閉じる 我に手を振る 幼き自分(井上善博)

木枯らしに 吹かれる秋も 過ぎ去りて 更なる寒き 冬に入りけり(小柳浩史)

冬の海 波間にきらめく 対岸の 街の明かりに わが家を思う(森美和)

窓に舞う 落ち葉眺め 時経てば 窓いっぱいの 白いぼた雪(森圭野)

寒き夜に 瞼を閉じて 思い出す 我が故郷の 雪降る景色(生野敬之)

風吹けば 鼻水すすり 身を縮め 故郷のコタツを 恋しく思う(開田益徳)

厳冬の 寒さを我に 忘れさす 窓より差し込む 日の暖かさ(菅原誠)

寒い日に 身体震えて 眠れずに 故郷思う 常夏の国(パワパン・ミーブッス)

消灯後 冬の夜空を 眺むれば 凛と輝く オリオンの星(吉岡照之)

わが国は 冬を知らずの タイの国 日本の寒さ 骨身に凍みる(アピラック・チョトサツトーン)

手が寒く 心冷え込む 小原台 愛国心が 我を暖たむ(ナタプーン・シュペット)

冬の夜 濡れ髪凍る 寒さかな(篠陽太)

秋過ぎて 木枯らし吹きて 冬来る(斎藤謙一)

白々と 吐息も凍る 冬の朝(宮岡正次郎)

カラカラと 吐息も凍る 冬の朝(アッサウイン・ジャンタランティン)


(8)季節の歌-春

山里に 梅の便りの 届きしを 鴬鳴いて 伝え来るなり(宮岡正次郎)

寒風の 吹きすさぶ中 凛と咲く 真白き梅に 春の香宿る(菅原誠)

道端に ぽっんと咲いた タンポポに 我が心にも 咲かんと願う(屋地元奈中)

桜咲く 入学式の 新入生 蕾みのままの 変わらぬ心を(高橋徹)

冬来り 春待ち望む 床の中(門川晃介)

我は待つ 春告げ鳥の 鳴くときを(中津政文)

寒風に 負けじと走り 春を待つ(松本宣春)

梅の花 春の訪れ 今開く(河合 元)

初春や 梅の蕾の 堅きかな(今野太輔)

タイにない 春の季節は 珍しい(モントリー・スリンタ)


(9)その他

大地震 大丈夫だと 親言うも 何もできない もどかしさあり(小長井基至)

いざ神戸 われらの存在 示すとき(石橋貴志)

夕暮れに 家路を急ぐ 子らを見て 幼き言い訳け ふと思い出す(内藤亮)

戯れに 時を忘れし 童らの 家路を急ぐ 里の夕暮れ(宮岡正次郎)

うろこ雲 背にして作った 秘密基地 今も瞼に 残る夕焼け(中辻 智)


おわりに
 以上で独断と偏見で選んだ優秀作品の紹介を終わるが、 歌を出させてから一番びっくりしたのは、 実感あふれる次の名歌を見た時であった。 そして、 思わず次の会話を交わしてしまった。

3ヵ月の 時を隔てて 会う吾子の 歩みの速さに 驚かさるる(野村佳世)
教官「おい、おい、 お前子供いたのか」。
学生「姉の子です」。
教官「やれやれ、 安心したよ」。

 講義をはじめたばかりの時に出される作品は見られるものではなかった。 しかし、 半年の教務が終了するころには格段と進歩し、学生の感受性の強さ、 発想の斬新さに感嘆させられる。 また、 留学生も一応の歌を作れるようになって行くのは何よりの喜びである。 私が和歌や俳句の素人であるため、 また、 詩歌作成の喜びと自信を与えるため多数の歌を評価したため、 ここに上げた歌が全て優れているとはいえない。 選ばれなかった作品の中にこそ優れたものがあったかもしれない。 しかし、 いずれにせよ、 自衛官は文武両道でなければならないと信じているから詠ませているのである。

 諸君が和歌や俳句という世界で最も短文の文学を学ぶことによって、 日本語の豊かさ、 美しさ、 難しさ、 そして季節の動きから路傍の小さな花など、 今までで見えなかった「もの」が見え、 さらに心のゆとり、 人間としての幅が生まれることを願っている。 どうか、 今後ともこれを機会に和歌や俳句を作り続けてもらいたい。 文武両道を備えた自衛官となるために。 しかし、 この詩歌提出という出欠確認法により「イイタイコト」を一方的にしゃべり続けている一方通行の教務に対する学生の非難や希望、 注文、 時にはハッとさせられる風刺を効かせた抗議、 それが私の授業の進め方の向上に役立っていることを感謝もしたい。 そして、 今後も詩歌の提出を求め続け、 学生の隠された本音を大切にしながら教務の充実に努めたいと思う。