海上自衛隊は、如何にしてミサイルから日本を守るのか
日本の弾道ミサイル防衛システム


  日本の弾道ミサイル防衛(ABM)は、1998年8月31日に北朝鮮が新型弾道ミサイル(MB)テポドン1号を発射、1段ロケットは日本海に着弾したが、第2弾と第3弾ロケット、それに弾頭は日本本土を越えて太平洋上に落下した事件が大きな衝撃を与え急速に進展した。政府は98年11月には偵察衛星の導入を閣議決定し、12月25日には安全保障会議で米国と弾道ミサイル防衛システム(BMDS)の共同研究を行なう方針を決め、99年には日米共同技術研究を開始し、99年度予算に必要経費を計上し03年12月19日にはBMDSの導入を閣議決定した。しかし、防衛庁が05年度の中期防衛計画で海上自衛隊のイージス艦4隻のSM-3型ミサイルへの兵装転換と、航空自衛隊の迎撃ミサイルPAC-2 (Patriot Advanced Capability)を6ヶ高射群(24ヶ中隊)中の4ヶ中隊をPAC-3に改善する要望を出したが、これらの要望は大幅な削減を受け認められたのはわずかにPAC-3の1ヶ中隊分4基だけ、しかも現場に配備されるのは06年度末、それが北朝鮮の日本海へのミサイル連続発射があった本年7月5日の日本の状況であった。慌てた政府はBMDS 配備の前倒しを決したが、仮にそれが実行されても1ヶ中隊分の4基が首都防衛のために入間に、イージス艦「きりしま」1隻の改修が完了するだけで、東京以外は全くの無防備、しかも05年に成立した「国民保護法」の実定化も一向に進展していない。10月9日には核実験を行ったが日本には核弾頭ミサイルに対応できる武器はなく、頼れるのは米海軍のイージス艦シャイロー1隻だけというのが現在の実情である。以下は今後進展するであろうMDの状況を説明するものであり、未だ未定の部分もあることを最初に断っておきたい。

 BMDSは大きくは探知追尾システム、迎撃システムおよび指揮・管制戦闘管理システムから構成されているが、日本が最初に手を付けたのが情報収集衛星で、03年3月28日には光学とレーダー情報収集衛星を、種子島の宇宙センターからH2Aロケットで打ち上げ、同年11月29日にも光学とレーダー衛星を打ち上げた。しかし、H2Aロケットの補助ロケットの分離に失敗、本年9月12日に再度打ち上げ光学偵察衛星の追加には成功したが、レーダー衛星の打ち上げは来年2月で、これにより当初予定の4基体制となる。しかし、ミサイルの監視を目的とするならば、静止衛星として定点で常時監視ができる早期警戒衛星と、周回衛星として目的地上空を飛行する偵察衛星が必要であるが、「宇宙利用は平和目的に限定する」との国会決議(69年)や、「自衛隊の衛星利用は商用技術の水準にとどめる」との政府見解(85年)の制約を受けて、トラックと乗用車の識別ができるが欧米の商業衛星並の能力であり、米軍の偵察衛星の解明度10センチには遠く及ばない。しかも管轄を内閣府とし災害情報などの収集として河川の増水監視なども行っており、列国の軍事偵察衛星とは大きな隔たりがあり、この程度の能力では発射直前まで察知できないという事態も予想しておかなければならないであろう。

 発射されたミサイルを次ぎに探知するのは早期警戒機(技術研究本部が研究開発中の通称エアボスと呼ばれる航空機搭載センサー)か、洋上に展開された米海軍広域戦域防衛(NTWD Navy Theater Wide Defense)システムのSPY-1Dフェーズド・アレイ・レーダー(探知距離約500Km)、航空自衛隊警戒管制部隊のFPS-3/FPS-XXフェーズド・アレイ・レーダー(通称・ガメラレーダー)である。このレーダーは1999年度から開発が始まり、2000年12月15日の安全保障会議及び閣議決定を得た「中期防衛力整備計画(平成13年度〜平成17年度)」で導入が決定され、04年から千葉県飯岡町の技術研究本部飯岡支所で実用試験が始まったばかりであるが、計画では08年から毎年1基を制作し湊(青森県)、佐渡(新潟県)、下瓶島(鹿児島県)、与座岳(沖縄県)の4カ所への配備を予定している。
 
 探知した情報は航空自衛隊 のBADGEシステム(Base Air Defense Ground Environment)により処理されるが、現在のシステムは防空任務が主任務で弾道ミサイルに対する指揮管制はできない。新型バッジシステムが完成すれば偵察衛星や早期警戒機(現在のE767は低空進入機の探知のみで改良が必要)、イージス艦、次いで警戒管制部隊などが得たデータを総合的に分析評価し、米軍横田基地内に移転する予定の航空総隊司令部(BMD統合任務指揮官)に報告するとともに、イージス艦やパトリオット部隊に情報や指示を発し迎撃任務を支援する。一方、BMD統合任務指揮官は市ヶ谷の統合指揮センター経由で内閣府の危機管理センターに報告し、総理大臣の指示を仰ぐことになるであろう。発射命令が下りイージス艦が打ちもらしたミサイルは、パトリオットPAC−3(射程拡張型迎撃ミサイル)で迎撃されるが、この計画に対し反戦・反米サイドからはABMDは平和憲法に反し、ABMDの整備は核戦争の危機と軍拡を増長すると反対し、費用対効果主義者はコストに見合った迎撃効果が疑わしいと批判している。

海上自衛隊の弾道ミサイル防衛システム
 イージス・武器システムは多機能SPYレーダー、戦闘指揮システムMK-1、武器管制システムMK-1、イージス情報表示システムMK-1を中心として、ミサイル発射機MK-41、スタンダード・ミサイルSM-2、射撃指揮装置MK-99を備えているが、時代とともにシステムは向上し米軍の最新艦のアーレーバークはベースライン7と変化している。発射されたミサイルを最初に迎撃するのは前方に展開されたイージス護衛艦の「こんごう」級であるが、このクラスは東西冷戦末期の88年に艦隊防空機能を向上させるため導入が決まったことを受け、90年5月から建造が開始され、1番艦「こんごう」が93年、「きりしま」が95年、「みょうこう」が97年、4番艦の「ちょうかい」が98年に完成し、ここに当初の計画は完成した。しかし、就役したときにはソ連が崩壊し4隻のイージス艦を無用の長物―「平成の大和」と揶揄する軍事評論家もいた。しかし、北朝鮮では射程1,300q級の準中距離弾道ミサイルの戦力化や核弾頭の開発を進めており、それが98年8月末の「テポドン」ミサイルの発射となり、10月9日の地下核爆発実験となった。

 「こんごう級」搭載の迎撃ミサイルSM-3はSPY-1Dレーダーで中間・終末誘導が行なわれ、最終的には高性能赤外線シーカーを内蔵した弾頭部を切り離し、自身が運動エネルギー弾頭となって弾道ミサイルを直撃し撃破する。SM-3本体は3段式のロケットで構成され、1段目はMk72、2段目はMK104、3段目MK136で、その上に運動エネルギー弾頭KW(Kinetic Warhead)が装着されている。KWとは軽量大気圏外投射体Leap(Lightweight Exo-Atomosphereic Projectile)と呼ばれ、高性能赤外線センサーで捉えた弾道ミサイルの赤外線を感知しながら姿勢制御スラスターで軌道修正を行なって直撃するシステムである。現在進行中の計画では「こんごう」型が年1隻のペースで改修され、07年度末から毎年1隻ずつBMD対応艦としての連用が始まることになるが、現在最も期待されているのが「こんごう」級の改良型のDDG-177「あたご」、DDG-178「あしがら」である。「あたご」級は基準排水量7700トン(満載は1万トン予想)で、一番艦の「あたご」は07年3月に竣工し舞鶴に、2番艦「あしがら」は05年4月に起工、今年8月に進水し、08年の竣工を目指してギ装中で横須賀に配備される予定である。「あたご」級には最新型べ一スライン7システムが装備されると考えられるが、これはAN/SPY-1D(V)型フェーズド・アレイ・レーダーとなろう。このレーダーの能力は公表されてはいないが探知距離500qで追尾可能目標数は200、同時に交戦可能目標数は20程度と言われている。また、システムには射撃指揮装置(ミサイル管制装置はMK99/SPG-62)を3基、垂直発射装置はMK41VLSで「こんごう」級では前部29セルと後部64セルの93発であったが、「あたご」型は前部に8組64セル、後部は4組32セルで合計96発のアスロック、対空ミサイルとMDミサイルが搭載されると考えられるが、これは今年8月に横須賀基地に配備された「タイコンデロガ」級の1隻「シャイロー」(満載約9,600トン)と同様な「イージスBMD3.6システム」と同一仕様である。しかし、米海軍では人工衛星を使ったSTADIL-J(リンク16データリンク・システムの衛星版)、情執処理用のアジャンクド・プロセッサーなどを装備しているが、秘密保護法が不完全でスパイ取締法もない日本に、機密度の高いこの通信系への加入を認められるか否かは不透明である。

ミサイル防衛の問題点
 直径1,4メートル、落下期の速度はマッハ9(秒速3キロ)以上で落下中のミサイルをイージス艦搭載のBMD-3で撃墜できるであろうか。米国でのテストは一応成功してはいるが、実戦では囮を含め多数のミサイルが同時に発射されるので、全弾が命中しミサイルを無力化するのは奇蹟に近いのではないか。湾岸戦争時にPAC-2がイスラエルやサウジアラビアなどに配備され中距離弾道ミサイルスカッド(アル・フィセイン)の迎撃に成功した。しかし、ミサイルが大気圏に突入した時に衝撃で弾体がばらばらに分解して落下した時には、オペレーターが多数のミサイルが飛来したと誤判断し、総ての残骸に向けてミサイルを発射した例もあった。戦争では予想外の事態が起こるものであり、1発でも原爆・細菌・毒ガスを弾頭としたミサイルが国内に落下すれば、都市化が進んだ日本は致命的打撃を受けることになるが国民に危機感はあまりない。北朝鮮は個人崇拝の独裁国である。独裁者の一言でミサイルは発射されるし、また、金日正の後継者をめぐり北朝鮮に内乱が起こったり、国民の不満が高まったり、日本が経済的制裁を強化した場合などに、核ミサイル攻撃を受ければ国土が狭小で都市化され国民保護法も不完全な日本は、これまでに築いてきた総てを失いかねない。一方、今回の核地下実験に対しては厳しい制裁をとの勇ましい意見も聞かれるが、入港禁止や臨検が北朝鮮を敵視しているとの口実で、核ミサイル攻撃を受けた場合の防衛策や対抗策に対する議論は低調であり、また、日本の軍事的対策が全く貧弱な現状に対する危機感はない。

 発射された弾道ミサイルは発射直後の上昇加速段階(ブースト・フェーズ)が終了した時点で着弾予想地点を割り出し、日本の領域内か否かが判明し防衛出動(射撃命令)が発令されるとされているが、弾着地点が予測可能となるのはブースト段階が終了する時点まで待たなければならないとすると対応時間は半減され、残された時間は4分以内となる。。これは米国向けに発射されたミサイルを撃墜すれば、集団的自衛権に抵触するとの反対があるからであるが、いずれにせよミサイル発射7〜8分後には日本に着弾することに変わりはない。ABM発射命令を出す総理の命令は複雑な指揮系統や通信系を通じて末端のイージス艦に伝えられるが、有事にはEPM(電磁波攻撃)やサイバー攻撃もあることを考えると、一寸の災害でも通信障害が生じる現在の日本が対応できるのであろうか。

 56年には「座して自滅を待つべしというのが、憲法の趣旨とするとは考えられない」と政府が答弁し、65年2月の政府見解では「我が国へのミサイル攻撃を受けた際の相手基地攻撃を自衛権の範囲として認める」としていたが、7月の北朝鮮のミサイル発射を受けてミサイル基地の事前攻撃も必要であると防衛庁長官が発言すると、野党だけでなく与党内からも「気が狂ったのか」「軽々な判断である」などとの反対があった。しかし、最も大きな問題は発射基地を叩けと命じられても、航空自衛隊にも海上自衛隊も対地攻撃用武器(トマホーク巡航ミサイルなど)を保有していないことである。イージスとはギリシャ神話の最高神ゼウスが娘のアテナに与えたあらゆる邪悪から守る「胸当て(アイギス)」であり抵抗する剣ではない。アテナは剣なく「胸当て」だけで邪悪から身を守れるのであろうか。