創立100周年記念企画委員会編
『横須賀共済病院100年史』
 本書は横須賀職工共済会医院(現・横須賀共済病院)の創立100周年を記念して出版された。横須賀海軍共済病院は横須賀海軍工廠の工員や家族のために、明治39年3月15日に創設された工場専用の職域病院であった。共済病院には院長や医師が海軍から派出され、陸軍や東大の病理学・細菌学などの理論重視のドイツ医学と異なる臨床医学・予防医学・環境医学、栄養学などを重視する英国医学による治療が行われていた。工廠の規模の拡大から田浦共済病院、追浜共済病院、衣笠共済病院、野比療養所などの分院が建設された。また、太平洋戦争が始まると職工の増加から旅館やホテルを接収し、医師や看護婦を派出する出張治療なども行っていたが、戦争が激化するとラバウル海軍病院へ医師や看護婦を派遣するなど、海軍とともに歩み敗戦とともに56年の海軍との関係は幕を閉じた。しかし、戦後も引揚者の救護や検疫、消毒、診断や入院治療に当たるなど敗戦後の残務整理にも当たった。また、米海軍横須賀病院(旧横須賀海軍病院)で看護婦が不足すると、看護婦を派遣するなど「昨日の敵は今日の友」と支援したが、米海軍病院からもペニシリンやストマイ、医学書や鉄の肺の寄贈などを受け、さらに米海軍病院の将兵の拠金による無料診断室(ワシントンローム)も開設された。

 海軍省の廃止にともない横須賀海軍工廠共済病院は財団法人・横須賀共済協会病院、非現業国家公務員共済組合連合会横須賀共済病院などと名称を変え、診療体制も市民に拡げ、現在では三浦半島地域の中枢病院となっている。また、現在も初代海軍軍医総監・高木兼寛の「病気を診ずして人を診よ」は「医は意なり」、看護婦と医師が一体となった「チーム医療」、予防医学と環境衛生重視などの海軍医学(英国医学)の遺訓は継承されている。横須賀共済病院の特徴の一つが看護婦の養成で、明治42年に看護婦養成所を開設し、現在までに2846人の看護婦を養成したが、この中には日本赤十字社の依頼で養成した102名の日赤看護婦も含まれている。
横須賀共済病院は、このように日本の医学界に大きな足跡を残した英国医学を継承してきた病院であり、日本近代医学の先導的な病院で、海軍医学や海軍医療制度や地方史(横須賀市)の研究には貴重な1册である。しかし、編集に歴史学者が参画しなかったため出典が明記されず、また『横須賀共済会病院八十年史』に記載された項目が省略されているのは、研究者には物足りない。本書は本編とDVD版の付録編からなり、主要な内容は次の通りである。

本編
1 巻頭言・祝辞・挨拶・グラビア写真
2 特集記事
(1)創立100周年記念座談会「創立百年そして、これからの百年」
(2)創立100周年記念講演会「海軍医学と横須賀共済病院」(平間洋一)
(3)横須賀共済病院史「病院設立から 80年を振り返る」(病院史)
(4)この20年を振り返る(各部編)「医療用液化酸素装置の破損事故」「A棟竣工」「病床数の推移」「オーダリングシステムヘの取り組み」「日本病院機能評価機構への認定に向けて」「地域医療支援病院取得までの歩み」「電子カルテ導入に向けて」「救命救急医療の現状」「中央放射線科の変遷」
2 病院の沿革(年表)
3 各部紹介
診療部門、診療補助部門、看護部門、事務部門、看護専門学校
4 寄稿・思い出を語る(関係者20名の回想)
5 職員組合の歩み
6 資料編
歴代院長・副院長・部長、横須賀共済病院病床配置、全体配置図、横須賀共済病院組織図、外来・人院患者の年度別1日平均数の変化、救急患者取扱状況、職員数の変化と職員の状況
付録編(DVD-ROM版)目次
1 100周年記念式典・祝賀会
2 質の高い医療に貢献する横須賀共済病院(病院の歴史と施設の紹介)
3 創立100周年記念講演会「海軍医学と横須賀共済病院」(講師・平間洋一)

横須賀共済病院創立100周年記念企画委員会編、2006年、本体、A4版295頁およびDVD-ROM版1枚、非売品ではあるが、購入希望者は横須賀共済病院庶務課(電話046-822-2710まで)。

呉海軍病院史編纂委員会編
『呉海軍病院史』
 呉海軍病院は呉鎮守府の開庁と同じ年の明治22年7月1日に開院し、帝国海軍と同じく敗戦とともに56年の歴史の幕を閉じた。しかし、その後は米陸軍、次いで英連邦軍に接収され、昭和31年に接収解除になると国立呉病院となり、次いで国立病院機講呉医療センターとして生まれ変わった。本書の特色の第1は統計などの豊富なデータである。特に目を引くのは明治・大正・昭和中期までの各年度の病類別入院患者数、伝染病患者の病名と入院数や死亡数、致死率・日清戦争から太平洋戦争に至る各戦役の海戦別、艦艇別の病類別入院患者数や死亡率、病院船で移送された患者数や傷病の種類なとの詳細な統計が掲載されている。
読者はこれらの数値を見るだけで、海軍医学や海軍の衛生制度の発展や、海軍の戦時医療など、これまで余り触れられなかった戦争の一面が理解できるのではないか。特に呉海軍病院から広島の原爆投下後に派遣された救護班の編成や活動記録は貴重である。
 第2の特徴は呉海軍病院の沿革史がそのまま日本に於ける近代医学の発達史ともいえることである。海軍が英国式医学を取り入れた歴史的背景や、海軍と陸軍・東大との脚気論争、呉海軍病院の医務・衛生制度や医師の実習、看護教育、防疫対策、また呉海軍病院の各種の研究会や研修会などの記録から、日本医学の癸展していった状況が理解できるのではないか。第3の特徴は本書が単なる一海軍病院の歴史だけでなく、呉鎮守府を中心とした海軍と呉市の明治・大正期の伝染病の病類別患者数、死亡数、また、その防疫対策の指導なども丹念に描かれており、地方史としても注目すべき史料が収録されていることである。

第4の特徴は、敗戦後の復員兵上の検疫、や治療活動、米軍、次いで英連邦軍に接収された病院の使用状況や、呉市や呉市民との関係など、戦後史(占領史)の研究にも参考になることである。また、第6章の「資料でたどる呉海軍病院の歩み」には、医療関係の諸規則などが紹介されているが、特に年表「呉海軍病院の沿革」は丁寧にまとめられており、これを見るだけで海軍医学の変遷や発展、当時の時代背景が、また、日清・日露・第一次・第二次世界大戦時の入院患者の病類別・部隊別入院患者数などから、戦争の知られざる一面が理解できるのではないか。
なお、章立ては以下の通りである。
目次
第1章 呉海軍病院の開院
第1節 日木の近代化と呉鎮守府の開庁
第2節 海軍医務、衛生制度の進展
第3節 呉海軍病院の開院
第4節 軍港形成と呉浦の変化
第2章 明治期の呉海軍病院
第1節 明治期の呉海軍と呉市
第2節 呉海軍病院の運営
第3節 呉海軍病院をめぐる諸問題
第3章 大正期の呉海軍病院
第1節 海軍の変転と呉市の動向
第2節 呉海軍病院の運営
第3飾 呉海軍病院をめぐる諸問題
第4章 昭和前期の呉海軍病院
第1節 海軍の変動と呉市の対応
第2節 呉海軍病院の運営
第3節 戦争の状況と関連施設の状況
第5章 呉海軍病院の閉院と戦後の歩み
第1節 海軍の解体と新生呉をめざして
第2節 敗戦後の混乱と呉海軍病院の移転
第3節 連合軍の進駐と呉海軍病院の転換
第6章 資料でたどる呉海軍病院の歩み
第1節 制度
第2節 役職員
第3節 呉海軍病院の沿革
なお、本書は本会会員の千田武志氏(広島国際大学教授)が関与し執筆・編纂したことから歴史的史料やデータも豊富で、出典も明記されているのは研究者にはありがたい。(呉海軍病院史編集委員会、2006年、A4版、246頁、5000円(送料込み)、希望者は国立病院機構呉医療センター内「呉海軍病院史編集委員会」事務局(電話0823-22-3111まで)。

2004年呉共済病院創立百周年記事業企画委員会編
『呉共済病院100年史』

 本書は日露戦争直前の明治37年11月3日に、呉海軍工廠の職工や家族のための病院として創立された呉共済病院(創設時は呉海軍工廠職工共済会病院)の100周年を記念して出版された。呉共済病院は呉海軍工廠の相互扶助組織である共済会の資金と、皇族や海軍の援助で職域病院として誕生した。誕生以来、中国地方、特に広島県や呉市などの伝染病の予防や治療などに大きな足跡を残した病院であったが、帝国海軍と同じく敗戦とともに56年の歴史の幕を閉じ、国家公務員共済組合の呉共済病院として今日を迎えている。

 本書の価値は単に呉海軍工廠共済病院の歴史だけでなく、呉海軍工廠の初期の建設状況や規模の拡大なども含まれており、海軍史や工業技術発展史としても貴重である。また、本書は呉海軍の発展と呉市の近代化、呉海軍工廠で働く職工の労働災害と悲惨な生活、福利厚生、さらに工廠や職工と呉市との関係、職工購買組合と市内の中小商店との対立など、地方との問題なども触れており地方史としても貴重である。また、呉市や中国地方の衛生状況や伝染病の発生状況と共済病院の寄与、共済病院の安価な医療費と地方の医師会との対立などが丹念に描かれており、呉市や中国地方の医務衛生史としても貴重である。

 共済病院を創設した呉海軍工廠の共済組合は、工員が組合費を供出し相互扶助を目的とし明治23年に結成された。呉にこのような組織が最初にできたのは、呉海軍造兵廠の初代工廠長の山内万寿治中将が職工の福祉に熱心なこともあったが、呉海軍工廠では激しい賃上げ闘争や、労働条件に対する不満からであった。この組織は明治45年4月1日には、全海軍の現業労働者50,334名に拡大され、海軍共済組合となった。共済組合は組合員の掛け金と政府の補助金で傷病、死亡救済金や脱退救済金、勤続救済金の支払いなど、社会労働史としても貴重である。本書は本会会員の千田武志(広島国際大学教授)が関与し執筆したことから、出典も明記され研究者には貴重である。また、付録編に『呉共済会病院85年史』CD(PDF)版があるのはありがたい。
なお、主要な内容は次の通りである。

『呉共済会病院100年史』本編

巻頭の辞・祝辞・挨拶など
呉共済病院100年のあゆみ
第1部
1 沿革・年表・現況
2 呉市と呉共済病院75年の100年
(1)職工共済会病院開院の背景
(2)職工共済会病院の開院と運営
(3)海軍共済組合呉病院の開院と運営
(4)呉共済病院としての再出発
3 各部紹介・診療部・看護部・事務部
4 研究業績・共済医報掲載論文・共済医学会研究発表
5 思い出の呉共済病院(回想記事)
6 100周年記念座談会
第2部
1 呉共済病院忠海分院(旧忠海病院)
年表・病院の概要・組織図
2 呉共済病院看護専門学校 看護教育100年のあゆみ
(1)海軍・戦争とともにあゆんだ看護婦養成
(2)新制度看護学校の発展
(3)現在の呉共済病院看護専門学校
・位置…沿革および概要
・学校の現況(図書在籍状況、教育活動)
・卒業者状況(開校から現在まで〕
3 職員名簿・在職者名簿・退職者名簿
編集後記

付録CD(PDF版)『呉共済会病院75年史』

巻頭の辞・祝辞・挨拶など
1 呉共済病院7十5年のあゆみ
(1)沿革・年表・現況・統計資料
(2)各部紹介・診療部・看護部・医療技術・事務部
(3)研究業績総覧
2 思い出の呉共済病院(回想記事)
3 太平洋戦争と呉共済病院(座談会)
4 呉共済病院付属看護専門学校のあゆみ
(1)沿革・概況・年表
(2)卒業生の広場(回想記)
5 退職者名簿呉海軍共済病院図

『呉共済病院』は2006年、本体、A4版288頁およびCD(FDF)版1枚、非売品ではあるが、購入希望者は2004年呉共済病院創立百周年記事業企画委員会(株式会社K・M・S、電話0823-25-9090)まで。