軍事史関係史料館探訪 イギリスの軍事史料館

 イギリスには多数の史料館や博物館があるが、 ここではロンドンにあり比較的利用が容易な軍事関係の文書史料を保管している代表的な史料館や博物館について紹介することとする。 ここで紹介するのは国立公文書館(Chancery LaneとKew)、 戦争博物館、 陸軍博物館と海事博物館であるが、 海事博物館については実際に史料を閲覧していないため利用方法などの詳細については不明である。 また、 筆者の研究分野が第一次世界大戦であるため、 第二次世界大戦などに関しては不十分な部分があると考えられるので留意されたい。

国立公文書館(Public Record Office)
沿革と概要

 イギリスを代表する国立の公文書館であり、 1838年に創設されたChancery Laneと1977年に建物が新築されたKew Gardensの2カ所に分散している。 Chancery Lane公文書館が保有する資料は主として裁判記録や1800年以前の資料であるので、 ここでは主として内閣・外務省・植民地省や陸海空軍などの軍事・外交資料を保管しているKew公文書館について説明することとする。 両館の保有資料の件数は不明であるが、 Chancery Lane公文書館所の蔵能力を書架の長さで表示するならば3万5000メートル、 Kew公文書館が1万9700メートルである。

所在地および利用法
 Chancery Lane Public Record Office, Chancery Lane, London WC2A 1LR(電話071-931-6691)Kew Public Record Office, Ruskin Avenue, Kew, Richmond, Surrey, TW9 4DU(電話081-876-3444)である。Chancery Lane公文書館はロンドン中央にあるが、 Kew公文書館はロンドンから地下鉄District線で25分程度、 Kew Gardens駅下車、 徒歩10分程度である。 史料閲覧には最初にパスポートなどで身分を証明し、 利用者カードを作成してもらいLangdale室の受付で座席指定と呼出用のポケット・ベルを受領し、 次いで史料の貸出を申し出ることになっている。 開館時間は夏冬を通じて月曜日から金曜日の0930から1700であるが、 資料請求から受領までに長時間を要するので、 開館と同時に史料の貸出を申し込み、 その後に館内にあるレストラン(開店時間0930から1130、 1200から1430、 1500から1530)で朝食を取るのが効率的である(史料の貸出準備ができるとポケット・ベルが鳴る)。 軍事外交史研究者に価値ある史料としては外交文書(Foreign Office Records、 略称FO)、 閣議関係の史料Cabinet Office Records、 略称CAB)、 植民地省関係のColonial Office Records、 略称CO)、 軍事関係のWar Office(WO)、 海軍関係のAdmiralty Records(ADM)である。

 なお、 これら文書は国別・年代別に区分されているが、 ADM116-1702のJapanese Naval Assistance, ADM116-1270のAnglo-Japanese Agreementなど事象別に集約されているのもある。この公文書館は膨大な史料を保有しているので、 初めて利用する人は、 最初にロビーで利用法を説明したビデオやリーフレットにより貸出手続きや所蔵史料の検索法などを理解し、 次いでコンピューターかカードで史料を検索するのが一般的であるが、 史料請求から受領までに30分、 状況によりっては1時間もかかることがあるので、 訪英前に可能な限り利用したい史料の番号などをメモしておくのが効率的である。 なお、 筆記に鉛筆しか利用できないのは日本と同じであるが、 鉛筆削が備えてないので鉛筆削りを持参することが望ましい。 また、 1992年3月に訪問したときには人員削減のため4月からコピーサービスを中止するとの掲示を見たが、 その後どうなったであろうか。 なお、 コピーコピー完了には1〜2週間程度かかるので、滞在期間が短いときには日本までの郵送料も同時に支払う必要がある。

英帝国戦争博物館(Imperial War Museum)

沿革と概要
 軍事博物館は第一次世界大戦の軍事的史料を展示するために1920年に開館された。 第二次大戦中に展示品や史料を疎開したため1時閉鎖されたが、 1953年には第一次世界大戦ばかりでなく、 イギリスがかかわったあらゆる戦争や軍事行動が加えられた。 本博物館は武器などの展示を主としてはいるが、 館内には文書部と図書部があり、 第一次大戦や第二次大戦などに関するイギリス陸海空軍の戦闘記録、 作戦命令、 個人の日記などの第一次文書と、 ドイツから捕獲した1920年から1945年にわたるドイツの史料も保有している。 また、 日本に関するものとしては1939年から1945年の間に行われた戦争犯罪に関する日本人の裁判記録がある。 図書部には10万冊の蔵書と2万5000部のパンフレット、 1万5000部の定期刊行物、 1万5000枚の地図や兵器などの図面があるが、 これら所蔵中の特に面白い収集物としては第一次世界大戦から現在にいたる世界各国の5万枚におよぶ軍事や戦争に関するポスターであろうか。

 なお、 軍事博物館にはこのほかに美術史料部、 音響史料部、 フィルム史料部と写真史料部がり、 音響史料部には1万2000時間におよぶ軍人、 市民の戦争体験談などがあり、 フィルム部には陸海空の未編集の戦闘記録フィルム、 情報省作成の宣伝映画、 ドイツから捕獲した宣伝映画やナチ党宣伝省作成のニュース映画、 また数は少ないが第二次大戦に日本が撮影したフィルムも所蔵されている。なお、 文書は保存されていないが軍事関係の展示を主とした博物館には、 テームズ河上に第二次世界大戦で活躍した巡洋艦HMS Belfast、 ドイツ空襲下のチャーチル首相の執務室であるCabinet War Rooms(作戦室・統合幕僚室・地図室・無船室など全部で22部屋)と、 鉄道で1時間程度のCambridge近郊のDuxfordにイギリスの航空機だけでなく、 アメリカ・ドイツなど第一次世界大戦に活躍した航空機から、現在に至る120機の航空機を展示した空軍博物館がある。

所在地および利用法
 軍事博物館はLambth Road, London SE1 6HZ(電話番号071-416-5000)、 地下鉄Bakerloo線でRambeth駅下車徒歩7分で、 開館時間は毎日、 10時から18時まで、クリスマスなどを除き年中無休。
チャーチルの執務室(War Cabinet Room)はClive Steps, Kingcharles Street, London SW1A 2AQ(電話番号071-930-6961)で地下鉄、 District線またはCircle線のWestminister駅を下車、 徒歩5分程度。
記念艦BelfastはMorgans Lane, Tooley Street, London SE1 2JH(電話番号071-407-6434)で地下鉄Northen線、 London Bridge下車、 徒歩10分程度。
空軍博物館はDuxford Airfield, Cambridge CB2 4QR(電話番号0223-833-963)で鉄道で1時間程度。

海事博物館(Nationa Maritime Museum)
沿革と概要

 海軍および海事関係の展示を主とする博物館本館と、 付属施設として1869年に建造された帆船Cutty Sark、 グリニッチ天文台、 オーマス王の宮殿があり、 さらに、 隣接して海軍大学校がある。 時間がなく史料を留学中の友人に依頼して入手したため、 具体的な所蔵史料、 利用手続きなどの詳細は不明であるが、ニッシュ(Ivasn Nish)教授によれば第一次世界大戦に関しては見るべき史料は少ないと述べている。 しかし、 東洋派遣艦隊(Chaina Squadron)指揮官ジェラム(Sir Thomas Jerram)中将のシンガポール駐留インド兵の反乱に関する報告、 青島攻略作戦参加の戦艦トライアンフ(Triumph)の艦内新聞など、 第一次世界大戦を研究している私には参考となる史料があった。 なお、 第二次世界大戦以降の戦闘行動に関する史料はイギリス海軍省海軍歴史課(Naval Historical Section)が保管しているといわれている。

所在地および利用法
所在地はGreenwich,London, SE10 9NF(電話番号081-858-4422)で、 交通は鉄道でCharing Crossから16分のGreenwich駅を下車して徒歩10分、 河川バス(船)ではWestminster桟橋から45分である。 開館時間は月曜日から土曜日の10時から16時(冬季)、 しかし、 夏季は17時まで。

陸軍博物館(National Army Museum)
沿革と概要
 古代から現代に至る陸軍・陸戦に関する武器などを主とする博物館ではあるが、 陸軍作戦に関する図書や文書も保有しており、 文書史料として作戦命令、 戦闘記録や将軍から兵士の日記、 回想録などもあるが、 所蔵中の主要な資料は陸軍が作成した教範などの教科書であるという。
所在地および利用法
 所在地はRoyal Hospital Road, Chelsea, London SW3 4HT(電話番号071-730-0717)で、 交通は地下鉄District線またはCircle線でSloane Swuare駅下車、 徒歩10分のイギリス陸軍病院(Royal Hospital)に隣接している。 外国人も利用可能ではあるが、 未だ未整備のものも多く、 軍事関係の図書を利用するならば戦争博物館の図書部の方がカード類も整備されており検索も容易である。 休館はクリスマス、 1月1日とGood Fraidayで開館時間は10時から17時30分まで。

キングス・カレッジ・リデルハート軍事史料室
(Liddell Hart Center for Military Archives, King's College London)
沿革と概要

 イギリスには多くの大学で戦争関係の講座が開かれ、 戦争研究に関する研究室が大学にあるが、 King's Collegeは1927年から軍事講座を開設し、 1953年には戦争研究学部(Department of War Studies)を創設するなど、 戦争研究を学部として教育しているイギリス唯一の総合大学である。 この教育を行うために収集された軍事関係の史料を中心に、 1964年に戦争関係文書史料室が開設されたが、 1975年にリデルハート教授保有の1000箱におよぶ史料が寄贈されたため、 リデルハート夫人を理事長に財団が組織され、 リデルハート教授の名が付けられ今日に至っている。 戦争関係の多くの図書や公文書も保有しているが、 本史料室の特徴は約400人におよぶ国防にかかわった高級軍人、 政治家、 外交官などの日記、 手紙、 覚書などの「私的な史料」を保有していることである。 史料は1900年の長髪賊の乱(Boxer Rebellion 特に貴重な史料が多数ある)から、 1960年のキプロス危機、 フォークランド紛争までであるが、作成後30年を経過していないもの、 提供者の許可を必要とするものなどもあるので、閲覧可能か否かをLiddell Hart Centre for Military Archives Consolidated List of Accessions(King's College発行)により確認することが必要である。 なお、 日本に関係があるものとして注目されるのは長髪賊の乱、 日露戦争であろうか。 また人物としては第一次世界大戦時のイギリス軍青島攻略部隊指揮官ナサニエル・バーナージストン(Nathaniel W. Barnardiston)少将の日記などではないであろうか。 しかし、 イギリスの友人に依頼して調査したところ日記は1916年以降、 日本関係の史料としては青島攻略作戦終了後の日本側の戦勝祝賀会などへの招待状が主要なものであるとの回答があった。

所在地および利用法
 所在はThe Library, King's College London, Strand, London WC2R 2LS(電話番号071−873−2187(2015)FAX 071−872−0207)で地下鉄Picadeilly線のConvento Garden駅, District線のTemple駅で下車するが、 史料室のあるキングス・カレジ大学のStrand館の入口、 建物に入ってからは3階にある史料室への通路がかなり解りにくい。 また、 本史料室の史料を利用する場合には事前の予約(手紙又は電話)か、 身分を保証することができる適当な人物の紹介が必要である。 利用時間は月曜日から金曜日の9時30分から17時30分(休暇期間中は16時30分)まで。 8月に史料整理のため2週間閉館される。 なお、 コピーは1枚30シリング(1992年3月現在)であった。