●幕末・明治維新

がき通信」(『日本歴史』(日本の歴史学会の偏向の一例として)
「明治日本をめぐる国際関係ー幕末から明治へ」(『別册歴史読本 「坂の上の雲」への招待』
人物往来社、2009年10月)

「フィリピン独立戦争と日米比関係」(『慶應大学法学研究』第73巻第1号、2000年3月)
同、英語版(ポーランド軍事史学会発表)
「英国から見た薩英戦争」(『別冊歴史読本 天璋院篤姫ガイドブック、2008年)』人物往来社、2009年10月)

●日清戦争関連

「125年前の清国水兵長崎暴動事件と尖閣事件」(『漁火新聞』2011年5月1日)
「125年前の清国水兵長崎暴動事件と尖閣事件」(『水交』2011年9・10月号)
「日清・日清戦争から現代を読む」(『日清日露両戦争記念顕彰国民大会(講演録)』(2014年11月)

●日露戦争関連

「日露戦争後の世界ー勝者日本をめぐる国際関係」(『歴史読本ー日露戦争ー世界を駆け抜けた日本』第859号、2011年1月)
「日露戦争の百年:黄禍論とコミンテルンの視点から」(『政治経済史学』2003年2〜3月)
「日本の勝利は世界をどう動かしたかー日露戦争の波及」(『歴史と旅』第437号、2001年10月)
「世界史を変えた日本海海戦の勝利(『文藝春秋』(2004年6月)
「日露戦争100周年サンクトペテルブルグ会議に参加して(『世界の艦艇』2004年8月)
「日露戦争百周年サンクトペテルブルグ国際会議」(『水交』2004年6月)
「日露戦争百周年で思い起こしたいこと」(『日本人の力』(東京財団、2005年)
「150余日の旅順攻防戦が世界にもたらしたもの」(『歴史街道』(2004年9月)
「解題 ロシア海軍軍令部編『1904−5年 露日海戦史』(芙蓉書房出版、2004年)
「解題 海軍軍令部編『明治三十七八年 海戦史』(芙蓉書房出版、2004年)
「世界史を変えた日本海海戦の勝利」(『正論特集号 日本海海戦と明治人の気概』(2004年10月)
「新地球日本史 日露戦争ー西洋中心史観への挑戦(1)−(6)」(『産経新聞』2004年8月31日ー9月5日)
(西尾幹二編『新 地球日本史』(扶桑社、2005年)に採録
参考資料:世界の政治指導者・歴史学者の日露戦争に対する評価
参考資料:明治天皇の崩御に対する世界の新聞記事

「世界が称えた明治天皇」『歴史読本 明治天皇100年の実情』(2012年12月)}
「世界を変えた2冊の本ー新渡戸稲造の『武士道』と桜井忠温の『肉弾』」(司馬遼太郎と日露戦争研究会編『遼太郎と日露戦争』桜美林大学北東アジア研究所、2008年9月)。
「ロシア側から見た日露海戦の真相」(『世界の艦船』2005年2月号
「ロシアから見た日露戦争の一世紀」(『丸』
「日本海海戦の真実」(『J-Ships』第19号、2005年3月
「幻の書『露日海戦史』に記された日露戦争の新事実」(『丸』2005年3月)
「Message from Opinion Leaders 日露戦争100年の今こそ地球儀的視点から歴史の再認識を」
(『NTT東日本Business』20005年3月)(インタビュー記事)
「大東亜戦争への道ーソ連と米国、そして中国」(『日露戦争百年図録』(靖国神社、2005年)
「日露戦争の真実ー1世紀地球儀的視点から」(『漁火新聞』2004年4月1日)
「日露戦争の経緯とバルチック艦隊の東洋回航」「死闘日本海大海戦」
「日本海海戦が変えた海軍戦略と世界」
(『ミリタリクラシックス』2005年春号
「日本を震撼させたバルチック艦隊が惨敗を喫した理由」(『歴史街道』2005年6月
「西欧中心史観を震撼させた日本の勝利」(『中央公論』2005年7月)
「日露戦争と大東亜戦争の世界史的意義」(『やすくに』2005年9月)
「初代の沈没から100年の節目を迎えたロシア・ソビエト軍艦ワリヤーグ4代記」(『世界の艦船』2004年12月)
「巡洋艦ワリヤーグに見るロシア百年の日露戦争史観の変遷」
(『別冊 正論 中国共産党ー野望と謀略の90年』2006年10月)
「日本海海戦100周年は何を残したのか」(『水交』2007年5月)
「世界の軍事博物館と記念艦 三笠を考える 1」(『東郷』1992年9・10月号)
「世界の軍事博物館と記念艦ー三笠を考える 2(同上、1992年10/11月)
「日露戦争が世界に与えた影響」(『文藝春秋 特別企画 「坂の上の雲」と司馬遼太郎』2009年12月)
「世界と日本の教科書が教える日露戦争」(『司馬遼太郎と日露戦争ー日露戦争を世界はどう見たか』(桜美林大学、2010年)
「日露戦争に見る日本の教科書ー世界の教科書との比較」
(『水交』2010年9月)
「日露戦争ー世界史を変えた戦争」(『日清日露両戦争記念顕彰国民大会(講演録)』(2014年11月)

「『第0次』世界大戦としての日露戦争」
 「艦艇から見た日本海海戦(1)」
「艦艇から見た日本海海戦(2)」
「帝国海軍発展の航跡
「ロジェストウェンスキー司令長官の手紙」(『連合艦隊1905年』イカロス出版、2011年8月)
「主力艦徹底比較 連合艦隊対バルチック艦隊(『文藝春秋 「坂の上の雲」日本人の勇気』(2011年10月)
「絵葉書が語る日露戦争」(『歴史街道』(2012年1月号)
「祖国のために敵艦隊の動向を報せた世界各地の日本人たち」
(『歴史街道』2011年12月)
「国際海事遺産賞受賞と今後の課題」(『みかさ』
「巨大な敵を前に日本人が一致協力して描いたデザイン」(『歴史街道』2011年4月)
「捨て身の決断と臨機応変の独断ー東郷と上村から学ぶべきこと」(『歴史街道』2015年6月)
「日本海海戦の世界史への影響」(『東郷会発会50周年記念特集号』2016年6月)

●第一次世界大戦関係

主要学術参考書は次の2冊です
『第一次世界大戦と日本海軍ー外交と軍事の連接』(慶応義塾大学出版会、2000年)
「第4章 第一次世界大戦と日英同盟」(『日英交流史 3 軍事』東京大学出版会、2001年)

以下の論文で上記に掲載しなかった論考を、掲載しましたのでご覧下さい。
「有事即応と戦史の見方」(『波涛』第64巻1号、1961年5月)
「連合作戦の成否を左右する要件についての考察」(『陸戦研究』第394号、1986年5月)
「第一次世界大戦への参戦と海軍」(『軍事史学』第22巻1号、1986年6月)
「第一次世界大戦への参加と対米関係」(『政治経済史学会』第247号、1986年11月)
「石井・ランシング協定と日米海軍協定」(『外交時報』第1234号、1987年1月号)
「海軍史的に見た南進の一断面」(『政治経済史学』第250号、1987年3月)
「対華二十一カ条の要求と海軍」(『軍事史学』第23巻1号、1987年6月号)
「語学と外交−国益によって変わる解釈、第一次世界大戦の実例から」
 (『外交時報』第1239号、1987年7・8月合併号)

「第一次大戦中の日豪関係−日本海軍のオーストラリア警備作戦」
 (『国際政治』第90号、1989年3月)
「第一次大戦中のヨーロッパ派兵問題と海軍の対応−第2特務艦隊の地中海派遣を軸として」(『新防衛論集』第23巻第3号、1988年12月)
「第一次大戦中のヨーロッパ派兵問題と陸軍の対応」(『政治経済史学』第273号1989年1月)
「第一次世界大戦中の日米メキシコ関係−巡洋艦浅間のタートル湾座礁事故を軸として
(『日本歴史』506号、1990年7月)
「第一次世界大戦の海軍への波動−戦訓研究を軸として」 (『防衛大学校研究紀要(社会科学編)』第61輯、1991年3月)
「第一次世界大戦の海軍の戦訓研究−戦争指導への対応」(『政治経済史学』第300号、1991年6月)
「第一次世界大戦中の武器援助−海軍を軸として」(『政治経済学会』第305号、1992年1月)
「対華二十一ケ条の要求と日英関係」(『史学雑誌』第100編第6号、1991年6月号)
(中国語「対華二十一カ条日英関係」(『民国档案』1995年第2期)
「南洋群島の領有とチャーチルの過失−英豪から見た問題点」 (『防衛学研究』通巻第10号、 1993年10月)
「第一次世界大戦と日英関係−日英同盟に対する日英の対応と評価」 (『政治経済史学』通  巻第333号、1994年3月)
「第一次世界大戦に学ぶ−日英同盟から太平洋4カ国同盟へ」 (『防衛学研究』通巻第18号、1997年10月)
「青島攻略作戦」(『歴史と旅ー近代日本戦争史』通巻277号、1989年8月号
「海外派兵問題ー第一次大戦時の教訓」(『中央公論 湾岸危機は「世界の中の日本を問う』

●戦間期 ー 第二次世界大戦への道

「孫文の2つの遺書ーコミンテルンの視点から」(『政治経済史学会』第500号、2008年4/5合併号)
エリス中佐の変死事件-英雄は創られる(『日本歴史』第587号、1997年4月)
「戦間期の日米関係(1)ミクロネシアと海兵隊」 (『政治経済史学』通巻256号、1987年8月)
「戦間期の日米関係(2)ミクロネシアと日米海軍」(『政治経済史学』通巻257号 1987年9月)
「ミクロネシアとエリス少佐」(『太平洋学会』第 11巻第1号、1988年4月)
"The Death of LCDR Earl H.Ellis,U.S.Marines Corps - Why was the Japanese Navy suspected of Poisoning him?(Journal of the Pacific Society,No.39 Vol.11, No.2, July 1988)pp.21-23
「エリス事件ー日本海軍はエリス少佐を毒殺したか」
(『軍事史学』(通巻91号、1983年1月)
「イヤハート事件の解明状況と問題点」(『水交』通巻第447号、1991年11月
「対日猜疑心の原点ーイヤーハート事件にご協力を」(『太平洋学会』1991年7月))

「第一次世界大戦後の内外動静」「軍縮の励行」(海軍歴史保存会編『海軍歴史』第3巻(第一法規出版、1995年)
「昭和史への道ー日露戦争から昭和史へ」(2005年度 太子堂区民(世田谷)講座記録、2006年3月)