建艦思想に見る海上防衛論―アメリカ海軍編
●1.兵力整備上の特徴

 アメリカ人が大陸に渡って最初に戦った相手は不意に襲撃するインデアンであった。 軍隊を持たなかった入植直後のアメリカ人は、 この戦いに婦女子や子供を含む総員で戦わなければならなかった。 この戦いにアメリカ人は射撃の上手なものは射撃を、 下手なものは銃への弾込め作業を、 また婦女子は負傷者の手当をとするなど総員が、 それぞれの能力に応じて力を発揮して戦った。 しかし、 インデアンが去ると元の市民に戻り開拓に従事した。 さらに、 アメリカ大陸がヨーロッパから隔離されていたため、 アメリカ人はヨーロッパの戦争に巻き込まれることなく、 アメリカ史は平和が常態で戦争が異常の歴史を歩んで来た。 このような歴史体験からアメリカ人の国防観は必要な時には総員が武器を取って戦うが、 危機が去ると武器を捨てる「有事増強、 平時縮小」と、 各人が自己の得意とする能力を最大限に発揮できる組織 ― 現在の第7艦隊のように目的や任務や相手の能力に応じて必要な部隊を組織して戦うという特徴を生んだように思われる。

 アメリカ海軍の第2の特徴は、 アルフレッド・セイヤー・マハン大佐が『海上権力史論』で提示した「シーパワー」と呼ばれる制海権思想であり、 海軍力によって国家目標であるモンロー主義やヘイ・ドクトリンを実現しようとする政治性の強さである。 言葉を変えれば戦前のアメリカ海軍はモンロー主義やヘイ・ドクトリンを旗印に、 マハンの『海上権力史論』を経典とし、 マハンの次に示す艦隊決戦論に従い整備されてきた。

1.海軍作戦の唯一の目的は、 敵の組織的兵力を破壊することにより
  制海権を確立することである。
2.敵艦隊の撃滅を最高の目標とすることが海軍作戦の健全な原則である。
  なぜなら、敵の海軍を破壊し制海権を得ることが、
  海軍作戦の決定的目標だからである。

 また、 アメリカ海軍の第三の特徴は革新的実利的な国民性によるのであろう、 1814年には蒸気推進艦フルトン号を進水させ、 1842年には電気式機雷を、 1843年には推進機にスクリューを採用するなど、 常に「Try and Error」と失敗を恐れず新しい技術を大胆に取り入れる体質である。 第四の特徴は一時期にはイギリスやドイツ海軍を仮想敵国としたことはあったが、 アメリカ海軍は常に対日作戦を予想し、 仮想敵国を日本として兵力整備を推進してきたことである。 対日戦争では太平洋を横断して攻勢作戦を実施しなければならないため、 アメリカ海軍は膨大な洋上支援部隊と、 日本の国際連盟委任領南洋群島を艦隊の前進中間基地とするために占領する海兵隊を整備してきたことであった。 以下、 このような歴史体験、 そして対日戦争を前提としてきたアメリカ海軍の海軍戦略や兵術思想が、 建艦思想や兵力整備にどのような影響を与えてきたかを考えてみたい。
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1.兵力整備上の特徴
2.アメリカ海軍の創設と発展
3.太平洋海軍への脱皮
4.西進海軍への脱皮
5.条約下のアメリカ海軍
6.太平洋戦争中のアメリカ海軍
7.冷戦後のアメリカ海軍
おわりに