●歴史・戦略・情報(謀略)
「孫文の2つの遺書ーコミンテルンの視点から」(『政治経済史学会』第500号、2008年4/5合併号)
「邀撃漸減作戦の実証ー『あ』号作戦を軸として」(『防衛学研究』第1号、1987年3月)
「日本海軍の対米作戦計画―邀撃漸減作戦が太平洋戦争に及ぼした影響
(軍事史学会編『第二次世界大戦―発生と拡大』(1)(錦正社、1990年)

「オレンジ計画と山本戦略―ハワイ奇襲と連続攻撃作戦」
 (軍事史学会編『第二次世界大戦―真珠湾前後』(2)(錦正社、1991年)
「エリス中佐毒殺事件ー英雄は創られる」(『日本歴史』第587号、1997年4月)
「エリス事件ー日本海軍はエリス少佐を毒殺したか」(『軍事史学』(通巻91号、1983年1月)
「イヤハート事件の解明状況と問題点」(『水交』通巻第447号、1991年11月)
「南洋群島と日米関係ー海洋戦略の視点から」(『太平洋学会』1989年4月)
「アメリカ海軍 太平洋進出(『Voice』通巻第173号、 1992年4月)

「近衛上奏文の謎ー日本を席巻した共産主義と軍部への浸透
(『正論』2006年7月
謀略文書か正規の文書かー日本を開戦に導いたオトメドン号文書 (『ビジネス・インテリジェンス』2006年7月
「国家の命運を変えた歴史的偽造文書『田中上奏文 (『ビジネス・インテリジェンス』2006年5月
「戦艦大和をめぐる熾烈な情報戦 (『ビジネス・インテリジェンス』2006年7月
「世紀のスパイ・ゾルゲと獅子身中の虫・大島浩駐独大使 『ビジネス・インテリジェンス』2006年9月

「罠に嵌められた日本ー日米交渉の謀略」(『郷友』2010年7/8月号)
対談・京都大学・中西輝正教授「コミンテルンに嵌められた大東亜戦争」(『国民新聞』第19130号(平成19年12月25日)
「『本土決戦』『一億玉砕』を叫んだ敗戦革命論者たち」(『正論別册・中国共産党 野望と謀略の90年』2011年6月)
「歴史が教える中韓「歴史カード」無力策」(『漁火新聞』2012年12月)
「第二の敗戦から復興へ」(『漁火新聞』2011年6月1日)
「警鐘 昔コミンテルン、今ペキンテルン」『漁火新聞』2007年8月、『日本会議創設10周年記念誌』2007年10月)

(2)戦闘(陸戦・海戦)
◎学習研究社『歴史群像 大平洋戦争シリーズ』
第1巻 『奇襲ハワイ作戦』「モンロー主義とオレンジ計画」

「ハワイ奇襲攻撃の問題点」(1993年 12月)
第2巻 
『大捷マレー沖海戦』「マレー沖海戦の衝撃と波紋」1994年2月)
第3巻 『勇進インド洋作戦』「インド洋作戦の目的と功罪」 (1994年3月)
「独伊海軍のインド洋作戦」(同上、第3巻、1994年3月)
「日本海軍のインド洋作戦」(同上、第3巻、 1994年3月)

第7巻『ラバウル航空戦』 「ラバウル航空戦の考察」(1995年4月)
第8巻『マリアナ沖海戦』 「マリアナ沖海戦の検証」(1995年6月)
第9巻『レイテ沖海戦』 「特攻をめぐる一考察」
第10巻『連合艦隊の最後「米国大統領たちの太平洋戦争」1995年5月)
(大学共同利用機関法人 国立国語研究所の「現代日本語書き言葉均衡コーパス」に選ばれました)。

なお、PDF版はこちらです。

「大和・武蔵はこう使うべきだった」(『歴史群像 太平洋戦争史シリーズ 大和型戦艦』第11巻(学習研究社、1996年6月)
「ミッドウェー、ソロモン、そして、、、、、大和の運用次第で戦局は覆っていた」(『歴史街道』2013年10月)
「機動部隊の誕生と発展- 第1航空戦隊から米第7艦隊まで」 (『歴史群像 太平洋戦争史シリーズ 空母機動部隊』第14巻(学習研究社、1997年5月)
「世界の海軍戦略思想を変革した太平洋上の日米のバトル (『歴史群像 太平洋戦争史シリーズ 山本五十六』通巻第52号(学習研究社、1997年10月)
「日本潜水艦の道程と戦後に与えた影響」
 (『歴史群像 太平洋戦争史シリーズ 伊号潜水艦』第17巻(学習研究社、1998年1月)
「もし、 連合艦隊に“真珠湾攻撃"がなかったならば」(『丸ー日米開戦特集号』第44巻 第12号、 1991年12月)
「日本海軍の潜水艦戦を斬る」(『世界の艦船』通巻第547号、1999年1月 90-95頁)
「近代海戦と艦隊用補給艦の誕生・発展史」(『丸 特集ロジステック』第46巻第8号1993年8月)
「巡洋戦艦の起源と建艦思想」(『丸 巡洋戦艦特集』第47巻第1号、1994年1月)
「米新戦艦の戦歴」(『世界の艦船』第556号、1999年8月)
「名将の光と影 山本五十六」(『歴史と旅』1999年9月)
「太平洋の覇権を競った対米艦隊決戦構想図」(『丸』第52巻第12号、1999年12月)
「日本人特有の国民性とミッドウェー海戦」(『丸』第675号,2002年7月)
(「ミッドウェー海戦に勝利をもたらしたリンディ雷撃隊長の子息の手紙」)
「父が子に教える昭和史の25のなぜ:戦艦大和は時代遅れの鉄屑だったか」(『文藝春秋』2003年10月)
「大艦巨砲の極致となった最後の戦艦列伝」(『丸』第690号、2003年10月)
「帝国海軍潜水艦の偉業」(『J-Ships 潜水艦のすべて』(20004年3月)
「大艦巨砲で築き上げた連合艦隊盛衰記」(『丸 特集 日露戦争100周年』第701号(2004年9月)
「戦艦大和伝説を再考する」(『J-Ships』Vol.18.(2004年12月)
「仮想戦記 日米艦隊決戦」(『世界の艦船 海上王戦艦の時代』(2012年1月)
「瑞鶴・翔鶴の七大決戦」(『ミリタリ・クラシック』2005年冬号,Vol.8
対談「戦艦大和の復活」(『文藝春秋』2005年7月号
「戦艦戦術基礎講座 日本海軍の戦艦運用思想の変遷」(『J−ships』2006年12月)
「落日の戦艦 航空主兵思想の隆盛と大艦巨砲主義の敗北」(『J−Ships』2006年12月)
「洋上の巨城が決めた国家の盛衰ー『戦艦』とその時代」(『J-Shios』2008年6月)
「戦略面から見た日米空母の太平洋の戦い」(『世界の艦船』2009年12月号)
「連合艦隊の盛衰」(『世界の艦船』第733号2010年12月号)
「『大和の心』を踏みにじる『沖縄』(『歴史通』2010年9月)紙面の関係で半分に縮小したので、
詳しく知りたい方は「場所と時代で変わる大和特攻の評価」をご覧下さい。
[昭和海軍 エリート集団の栄光と失墜」(『文藝春秋』(2007年8月
「海軍の聖地慰霊の島を守ろう(『水交』2014年陽春号
「帝国海軍の80年)−戦術・戦略・戦闘の軌跡」
「帝国海軍の激闘史」   「大平洋戦争各海戦地図」 (『歴史読本別冊』2012年4月)
「戦艦第一航空機は補助ーパイロットをFly Boyと呼んだアメリカ」(『歴史街道 真珠湾と空母機動部隊』2015年1月)
「攻撃精神、疲労、燃料、敵主力、そして反転の諸説を検証する」(『歴史街道 戦艦大和反転の謎』(2015年1月)
ペリリュー島の戦いー天皇の島の地下壕陣地持久戦」(『歴史読本ー大平洋戦争1347日の激闘』(2015年夏)
「雪風に神宿るーなぜ、この艦は数々の幸運を招いいたのか」(『歴史街道』2016年7月)

(3)講演会レジメなど
1.左近允尚敏「真珠湾奇襲ーワシントンから見た真珠湾奇襲
2.  同上  「真珠湾奇襲ーハワイから見た真珠湾奇襲

3.中山隆志「ノモンハン事件再考」
4.左近允尚敏「アメリカから見たミッドウェー海戦(上)nihonkaigun80nen_kaisenzu1mai.pdf へのリンク
5.平間洋一「リンディ雷撃隊長(ミッドウェー海戦の米国勝利の隠れた主役)の子息の手紙」
6.左近允尚敏「アメリカから見たミッドウェー海戦(下)」 
7.左近允尚敏「アメリカから見たガダルカナルの戦い」 
左近允尚敏「アメリカから見たマリアナ沖海戦」
9.
左近允尚敏「体験者が語るー重巡・熊野の奮闘とその最後

(4)海軍と教育

「海軍とユーモア精神」100-105頁、
「海軍の若年士官教育」106-109頁「海軍青年士官心得」114-117頁
(『別冊歴史読本 江田島 海軍兵学校』通巻825号、2008年)
「海軍兵学校通史」64−75頁「戦後の江田島 復興と再生」130−137頁
「日本海軍の術科教育と練習航空隊」148−159頁
「海軍に奉職された皇族の方々」192−203頁
上記のPDF版「海軍兵学校通史」 日本海軍の術科教育と練習航空隊」
(『今こそ知りたい海軍兵学校』(新人物往来社、2009年)
「参考 海軍士官心得」原文
「日本海軍の教育制度」(『歴史読本 大日本海軍全史』(新人物往来社、2010年9月)
「参考:海ゆかば(万葉かな・古文・英訳2種」[
「海軍教育と練習艦」(『世界の艦船』第472号、 1993年11月)
「参考事項:帝国海軍兵学校5省(日英文)
「参考事項:秋山実之の天剣漫録」


●日独ソ中関係史
(1)日独論文・研究ノート
これらの論文は『第二次世界大戦と日本海軍 海軍とコミンテルンの視点から』
(錦正社、2007年)として発行しました。そちらをご覧下さい。
「第二次大戦中の日独海軍 [1] ドイツの開戦と日本海軍」
 (『防衛大学校研究紀要社会科学編)』第63輯、1991年9月)
「第二次大戦中の日独海軍〔2〕日本海軍のインド洋作戦」
 (『防衛大学校研究紀要(社会科学編)』第65輯、1992年9月)
「第二次大戦中の日独海軍〔3〕日本海軍と日独ソ関係」
 (『防衛大学校研究紀要(社会科学編)』第66輯、 1994年3月)
「第二次大戦中の日独関係〔4〕日独技術交流」
 (『防衛大学校研究紀要(社会科学編)』第71輯、1995年9月)
「第二次大戦中の日独関係〔5〕日独人物交流」
 (『防衛大学校研究紀要(社会科学編)』第74輯、1997年3月)
「第二次大戦中の日独関係〔6〕日独経済関係」
 (『防衛大学校研究紀要(社会科学編)』第76輯、1998年3月)
「第二次大戦中の日独関係〔7〕独伊海軍のインド洋作戦」
 (『防衛大学校研究紀要(社会科学編)』第78輯、1999年3月)
「日独連合作戦の考察―戦争指導の視点から」
 (近藤新治編『近代日本戦争史』同台経済懇話会、1995年)
「同盟国との交渉」 (海軍歴史保存会編『海軍歴史』第4巻、第一法規出版社、1995年)
「ドイツの敗戦と日独海軍」
 (軍事史学会編『第二次世界大戦〔3〕終戦編』(錦正社、1995年)

これらの論文は『第二次世界大戦と日本海軍 海軍とコミンテルンの視点から』
(錦正社、2007年)として発行しました。そちらをご覧下さい。

(2)日米中ソ連など
「キツネとタヌキ 日独同盟の虚構
「秘そめられた友情 - 日ポ暗号協力」
 (『歴史群像 WW 欧州戦史シリーズ 西方電撃戦』第2巻、1996年4月)