第18回戦没者追悼
中央国民集会提言


人種平等と民族独立の大義

 今年は日露戦争開戦100周年の年に当たりますので、日露戦争の意味を考えてみたいと思います。日露戦争が世界に何をもたらしたのでしょうか。日露戦争を1世紀の視点で、また、地球儀的で見れば、今まで敗れたことのない白色人種のキリスト教徒の国家、世界最強の陸軍国家であるロシアが、どこにあるかも知られていない、有色人種の異教徒の未開国と当時は考えられていた日本にロシアが敗れたことです。この勝利は世界に大きな影響を与えました。アジアの指導者は次のように語っています。

中国の建国者:孫文
「これはアジア人の欧州人に対する最初の勝利であった。この日本の勝利は全アジアに影響を及ぼし、全アジア民族は非常に歓喜し、きわめて大きな希望を抱くに至った(神戸演説)」。


インド:ジャワハルラル・ネルー首相
「アジアの一国である日本の勝利は、アジアの総ての国々に大きな影響を与えた」。「ヨーロッパの一大強国が破れた。とすればアジアは、昔たびたびそういうことがあったように、今でもヨーロッパを打ち破ることができるはずだ。ナショナリズムは急速に東方諸国に広がり、『アジア人のアジア』の叫びが起こった」。「日本の勝利は、アジアにとって偉大な救いであった」。(ネルー『父が子に語る世界歴史』) 

ビルマ・バーモウ首相
 アジアの目覚めは日本のロシアに対する勝利に始まり、日露戦争の日本の勝利はわれわれに新しい誇りを与えてくれた。歴史的にみれば、日本の勝利は、「アジアの目覚めの発端、またはその発端の出発点とも呼べるものであった」(『ビルマの夜明け』)。

 そして、アジア民族やアラブ民族に民族的自覚を高め、彼らは「われわれも日本のように国民が団結すれば、ヨーロッパ諸国の植民地支配から脱し、独立が出来る」と覚醒され、独立運動を始めたのでした。
一方、日露戦争で覚醒された米国の黒人指導者を人種平等への戦いへと進ませたのは、第一次世界大戦後のパリ講和会議でした。国際連盟が創設されると、日本は国際連盟規約に人種平等条項の挿入を提案しました。これは西欧の白色人種に大反発を招き日本は孤立しますが、この日本の動きに、日露戦争の勝利で覚醒された米国の黒人の指導者たちは、アフリカの黒人たちに働き掛け、第二次世界大戦後の人種の平等を求める運動へと連なって行きました。

 しかし、これらの独立運動や人種平等運動も西欧諸国の強力な軍事力の前にことごとく押さえ込まれ、植民地支配から脱することも人種平等をはできませんでした。これを打破したのが大東亜戦争でありました。
東南アジアの民衆は、昨日まで君臨していた白人が、日本軍のたったの一撃でもろくも崩れ去ったのを目前に見てしまったのです。大東亜戦争初期の日本軍の快勝は、日露戦争の時と異なり、知識人だけでなく、一般民衆にも独立への自信を与えたのです。

民族国家の独立を達成させた大東亜戦争

 とはいえ、日本は3年8ヶ月後に敗北してしまいます。しかし、西欧諸国が再び旧植民地に復帰することは出来ませんでした。覚醒され自信を付けた住民が各地で一斉に立ち上がったのです。日本軍が占領中にアジア人に武器を与え教育し民族的自覚を高め、西欧諸国に言わせれば「猫を虎に変えていた」のです。
 西欧の歴史ではフランス革命が民族国家を成立させたとしているが、民族国家独立の夢をアジアやアラブの国々に与えたのが日露戦争であり、その夢を実現するために立ち上がる勇気を与え、民族国家を建国させたのが、「先の戦争」と呼称されている大東亜戦争だったのです。それまで君臨し不敗と思われた白色人種が目の前で敗れた姿を見たアジアの人々に、日本の勝利が民族独立への自身を与えたのです。歴史学者アーノルド・トインビーは大東亜戦争について「日本人が歴史に残した功績の意義は、西洋人以外の人種の面前において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、過去二百年の間にいわれたような不敗の神ではないことを明らかにしたことである」と『オブザーバー』という新聞に書いております(1956年10月29日)。

 目をアフリカに転じてみると、日露戦争は当時は未開なアフリカには大きな影響を与えませんでした。しかし、大東亜戦争で日本陸軍がインパールに進撃し、日本海軍がセイロンやマダカスカルを襲撃すると、アフリカの諸民族の指導者に「俺たちも独立でできる」と民族独立に夢を与えたのです。現在、国連や米国では有色人種が国連事務総長や主要なポストに配置されていますが、あれほど日本人に対して厳しい人種差別政策を取ってきた米国でも、日系人のシンセキ陸軍参謀長やミネタ商務長官が日系人から指名されていますが、それを実現させる引き金となったのが日露戦争であり、それを達成させたのが大東亜戦争であったのです。このように、日露戦争から冷戦までの日本が歩んだ一世紀の歴史は、人種平等と民族独立との「義」を掲げて歩んだ歴史であり、20世紀の世界の歴史に大きな足跡を残した歴史でありました。

靖国神社は国家独立の精神的支柱

 しかし、敗戦後、日本の戦った戦争は歪曲され、義を掲げて戦った靖国の英霊たち画醜悪なものにされてしまいました。われわれの祖先は人種平等や民族国家の独立を「大義」と信じて生命を捧げたのではなかったでしょうか。しかし、これらの義を掲げて戦い、生命を失った多くの魂が眠っている靖国神社は存続の危機を迎えております。国家の基本的機能は独立を維持し、国民の「生命、身体、財産」を保全することであり、靖国神社とは国家独立の精神的主柱、国柄を支える支柱であり、安全保障を支える精神的な支柱であります。言葉を換えれば国家の「大黒柱」であり、国家の安全保障の「お守り」であります。このため、諸外国では国家緊急時に国家の命令に従い銃を取り、「地球より重い」生命を捧げた人々には、国立墓地や慰霊碑などを造り感謝と慰霊に務めています。

 そして、日本でも「花の都の靖国神社 春の梢に咲いて会おう」と、多くの軍人が生命を捧げて、日本の平和と独立を守って参りました。靖国神社はそのような人々に対する感謝と慰霊の象徴であり、それは国家という組織を支える精神的な支柱でもある。従って、もし、このような待遇や名誉が与えられなければ、いかに最新鋭の武器を装備し、いかに多数の軍人を抱えていても、生命を賭けて国を護る人はなく、生命の危機が近づけばクェートの外人傭兵部隊や、フィセインの親衛隊のように、一日にして霧散してしまうでしょう。
 総理大臣の靖国神社参拝が、中国や韓国から抗議されて靖国神社にかわる新しい慰霊碑をとの動きもありますが、なぜ、中国はこれほど内政問題である靖国神社に、執拗に干渉をするのでしょうか。穿った見方をすれば、わが国の精神的支柱を崩壊させ、国家観を希薄にし、安全保障上の精神的支柱を破壊し、いざというときに「取りやすくしておく」ことを、あるいは贖罪意識を刻み込み、永遠にODAを取り続ける朝貢国とすることを考えているからではないか。 

 最後に新しい施設の創設を推進している人々に申し上げます。目前の多少の日中友好関係の増進や経済的利益のために、国家100年の「国家のお守り」を失ってはならなりません。「国家のお守り」を叩き壊し、日中貿易から多少の経済的利益が得られたとしても、貴方がたが靖国神社に代わる施設を作ろうとしている行為は、国を売った「売国奴」として、後世の史書にお名前が記されるという不名誉が子々孫々まで記録されることを「お忘れなく」、と申し上げ英霊に捧げる言葉と致したいと存じます。