●平間洋一略歴

●生年月日・出身
1933年(昭和8年)5月14日
神奈川県
横須賀市
●学位
法学博士(慶応義塾大学)
学位論文『第一次世界大戦と日本海軍:外交と軍事の連接』 (慶応義塾大学出版会、2000年)

●学歴
1952年4月 神奈川県立横須賀高等学校卒業
1957年3月 防衛大学校(電気工学科)卒業
1958年3月 海上自衛隊幹部候補生学校卒業海上自衛隊に入隊・3等海尉)
1962年4月 大阪外国語大学(仏文科入学)研修生(2年)
1969年 海上自衛隊幹部学校指揮幕僚課程学生(1年)
1975年 統合幕僚学校一般課程課程学生(1年)
●自衛官として(31年)
1974年7月 護衛艦ちとせ艦長(1年)
1976年9月 統合幕僚学校教官(2年)
1979年2月 海上幕僚監部調査部調査1班長(2.5年)
1980年7月 第31護衛隊司令(1.5年)
1983年2月 呉地方総監部防衛部長(2.5年)
1985年3月 防衛研究所戦史部所員(3年)
1988年3月 海上自衛隊退職(海将補)
●学者・教育者として(15年)
1988年4月 防衛大学校講師
1989年4月 防衛大学校教授
1995年4月 防衛大学校図書館長(2年)
1999年3月 防衛大学校定年退官
1999年ー03年 清和・筑波・常磐大学非常勤講師
2007年ー08年 大阪大学外国語学部非常勤講師
●学会・法人などの役員
現在:
軍事史学会(理事,09年まで、現在・顧問)太平洋学会
(理事)  戦略研究学会(理事)岡崎研究所(理事2013年まで)呉海事博物館(大和ミュージュアム) 運営諮問委員会委員長)、水交会『水交』編集評議委員(2015年まで、「防人を励ます会}(顧問)
社会福祉法人興寿会(理事長執務代行・家族会会長)
過去:
、日英歴史交流プロジェクト諮問委員(軍事部会長02年まで)、横須賀市史(軍事編纂委員長、09年まで)


自分史・回想録など


横須賀高校時代

「人生を変えた恩師の言葉ー依田・和田先生に捧ぐ」(『横須賀高校4期生卒業50周年記念号』)
「自衛官と学者の二つの道を歩んで」
(同窓会編『防衛大学校創立周年記念誌』)
「ようこそ先輩 二つの道(自衛官と学者)を歩んだ平間洋一さん」(横須賀高等学校朋友会ホームページ)
「二つの道を歩んで」(防衛大学創立50周年記念誌)











防衛大学校時代

「英会話への誘い」
(『小原台』第7号、1957年3月号)
「総理大臣吉田茂と防衛大学校」(『小原台』1994年3月)
「吉田茂と防衛大学校ー防大生の吉田邸訪問記」『外伝 吉田茂』中央公論1991年)
「人間自衛隊②吉田茂に直訴した防衛大1期生の24年後」
(週間サンケイ)
「自衛隊出動せず(25)(26)回」
(毎日新聞、2014年5月13・14日)
「大磯を訪ねて知った吉田茂の背骨
(『歴史通』2011年6月号)
「知られざる現代史ー自衛隊の60年(13)吉田茂の自衛隊への希望」(『歴史読本』2014年11月)





海上自衛隊時代
「海上自衛隊幹部候補生」(『小原台』1957年10月)
「一先輩の忠告」
(『小原台』)
「防大卒業生の努めー槇校長亡きあと我々は何にをすべきか」(『小原台』)
「やぶにらみヨーロッパ遠航記」(『小原台』1962年10月)
「訪問使勤務参考」(『第一術科学校研究紀要』)
「ある2士のひとりごと」(『艦艇と安全』1971年4月)

「海幕勤務雑感」(『小原台』1971年12月)
「1期生会・会長挨拶」(『1期生会会報』海幕調査部時代)
「護衛艦ちとせの現状」(『1期生会会報』1972年)
「道東周航記」
(『艦艇と安全ー護衛艦隊』1975年4月)
「スウェーデン紀行」(
『広報アンテナ』)
「フランス・スウェーデン研修記」
(『統合幕僚学校研究紀要』)
「作家 三浦朱門氏を囲んでー防大1期生が語る防衛意識」
(『朝雲新聞』1978年11月16日)
『日本海』我が海、我が庭、我等が祖父の栄光の海
(『艦艇と安全』1981年7月)
練習艦隊がまいた種(1)ザビエル・川辺・平八郎」(『水交』1983年4月)
「練習艦隊がまいた種(2)アロハサクラ」(『水交』1988年5月)
「練習艦隊の蒔いた種から平和の花が」(『水交』)

「あと10年、さて何をしようか」
(『八桜』統幕学校時代)

「あれから20年」(『八桜』統幕学校時代)
「エリートはいつでも死ぬ覚悟がある」(『宝島』2006年8月)
「ちとせ艦長指導メモ」(『第一術科学校研究紀要』








 イカロス社『J-Ships』海上自衛隊秘録

連載2回 北海道一周択捉海峡縦走計画(2009年12月号
連載4回 冷戦下の日米共同訓練
(2011年6月号)
連載6回 尻つねり士官と空前の艦上昼食会(2011年12月号)
連載7回 冷や汗かいた言葉の壁ー名通訳と迷通訳(2012年12月号)
連載8回 海上自衛隊警備犬物語(2013年2月号)
連載13回 在日ソ連武官との情報戦(2014年12月号)
連載15回 はかなく消えた日本・エクアドルにかかる虹(2014年6月号)
連載17回 海上自衛隊ごみ拾い物語(2014年12月号)
連載20回 ヨーロッパ遠洋航海の裏話ー行かされた者の悲劇(2015年2月号)
連載22回 あまつかぜ船務長奮闘記(2015年6月号)
連載24回 思い出の「ちとせ」艦長奮闘記(2015年10月号)
連載第26回 名将の妻に学ぶー大田かつさんと私(2016年1月号)






 防衛大学校・筑波・常磐大学時代

「随想・私と読書ー高松宮様のご指導」(NADAL Bulletin-図書館会報Vol.5.No.1)
「図書館と軍事関係資料」(NADAL Bulletin-図書館会報Vol.7.No.1)
本校図書館の直面する課題(Nadal Bulletinー図書館会報Vol.10.No.1)
二つの人生を歩んでー1劣等生の回想」(『海上自衛隊幹部候補生学校創立50周年記念誌)』









              引退後(80歳を迎えて)2015年7月に水交会から11月には海上自衛隊から感謝状を頂きました。
              と言うことは、お引き取り下さいということですよね。
              そのように考え以後は「我、後進の砥石とならん」と依頼がない場合には、執筆も講演も辞退することに致しました。
              尚、2015年9月に6年間、介護した妻が召されたので妻の協力に謝意を含め、
              海幕長からの感謝状は妻の遺影とともに頂きました。










































人物風土記「横須賀ニュータウン」

あな恐ろしやインタビュー
「集団的自衛権の議論と平間さんへの誤解」

(『防衛大学校1期生会報(平成27年)』)

現在の社会活動

1.呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)運営検委員長



   2.社会福祉法人 興寿会・理事・家族会会長

  3.横須賀を舞台としたハイスクール・フリートが盛り上がり
    「昭和自衛隊のヒーローとされ地元郵便局のマスコットガールの
    看板と娘・ノサ・クウコのポスターと記念撮影 


  「ソ連から日本の海を守れ」
  『月刊モデル・グラフィック』