随想 
「日本海」(我が海、我が庭、我らが祖父栄光の海)


 いつのころからか日本海を世界の国々はThe Sea of Japan(英語) La Mer de Japon(仏語)、Il Mal de1Japon(スペイン語)、Maredi GiapPone(イタリア語)、Das Japanische Meer(独語)、Yapohchoe More(露語)、そして第2次大戦中の米軍は「天皇の浴槽」と、あたかも日本海を我が国固有の海であるかのようなニュアンスをもって呼称し、国名をもって呼ばれる世界唯一の海となった。このように日本海は、歴史的にも地理的にも、また国民感情の上からも、我々の心の中に根を下ろし、日本海海戦においては、我らが祖父が歴史的不滅の勝利を収め、我が国の安全と独立に大きく寄与した栄光の海でもある。しかし、我々自身、この海についていかなる知識、関心を持ち、何程の体験を持っているであろうか。日本海には冬の荒天と吹雪という厳しい自然との戦いが、そして夏には海霧、また対潜戦に大きく影響する水中音波伝播不良や、ダクト現象による電波の異状伝播等太平洋とは全く異なる複雑な海洋特性がある。そして、その上、日本海はその規模、海上交通、資源等の面において太平洋に比べ質量ともに劣っているのも事実である。しかし、この海は元寇以来我が国の生存上欠くことのできない国防上極めて重要な存在であり、太平洋に比べ脅威との間合いがないのを特徴の一つとし対岸国との関係により波が高まり、また、和んできた。海上防衛に携わる我々にとり日本海を知り、十分に活用することは我々の双肩に課せられた使命完遂の上からも必要不可欠な要件である。そこで、日本海を少しでも理解していただき、我が隊とともに日本の海、日本海のShip Day(艦艇の派遣・行動日収)増大にご協力をお願いする意味から日本海を訪れ親しんでいたたきたく駄文を草した次第。

1日本海の気象特性

 日本海の気象特性として、冬季シベリア方面で発達する優勢な高気圧から吹き出す季節風による荒天と、夏の海霧が挙げられよう。そしてまた、困ったことには、日本海では時として太平洋の常識が通じないことである。例えば、太平洋岸では間違いなく好天の西高東低の天気図も日本海側では逆に荒天の注意報であり、気圧計の上がるのを見て休み、下がるのを見て起きると言われる船乗りの常識が完全に逆転するが、これも冬の日本海を経験して初めて身に付くLoca1特性の一つである。すなわち、冬シベリア大陸から高気圧が東に張り出してくると気圧は上昇するが、風が強まり雨や雪が降り荒天プラス吹雪となるが、高気圧の張出しが一段落し移動性高気圧となって東へ移動し始めると気圧の上昇がやみ下降の傾向を示してくる。こうなると雪もやみ、季節風も衰え、時として青空も見える良い天気になる。したがって冬の日本海においては、気圧の谷又は低気圧の前面こそ船が行動できるチャンスであり、この谷の動きが早いか遅いかによって行動可能時問が決まるわけで、この判断が極めて難しい。このように気圧の昇降と天気、そして等圧線の混み具合など太平洋に通じる常識が日本海では通ぜず、むしろ逆の場合さえあるのである。このほか、発達した温帯性低気圧や台風が四国沖に接近すると若狭湾沖に地形の影響から天気図には記載されない地形性副低気圧が突如発生したり、6月から7月にかけては早朝に海霧が発生し港内の視界がゼロとなる。そして「今日の訓練は不可能中止か」等と悩まされるが、決まって9時か10時にはすっかり晴れ上がり初夏の強烈な太陽が顔を出す朝霧等、老練な船乗りでさえ判断に苦しみ間違いやすい気象現象が多い。

2日本海の海象特性

 日本海の海底地形も極めて複雑で特徴がある。すなわち、日本海北東部には3,000m前後の著しく平坦な日本海盆があるかと思うと南西部には大和海嶺、隠岐堆に代表される海山、海谷、海盆が連らなり極めで複雑な海底地形を形成している。そして、更にこの狭い日本海に寒流、暖流系合わせて4つの海流が流れ込み、前線といわれる暖流と寒流との潮日が生じ、複雑な海底地形の影響を受け激しく流動し各所に冷水域を生むが、その位置・勢カは変化が多く未知の部分が多い。このほか、"DSL"と呼ばれるプランクトンが群生し超音波散乱層を作り、「ちとせ」艦長の時には半日もプランクトン相手に国籍不明潜水艦との対潜戦をやらされた苦い経験がある。このように海潮流に基づく潮目、冷水塊、魚群、
プランクトン等による日標類別の困難性、夏期の表面温度上昇による測的、探知距離の縮小等日本海には対潜戦を阻害する幾多の現象がある。

3日本海のその他の特性

 気象海象が作戦航海の成否に大きく影響することは昔も今も変わらぬ要素であるが、エレクトロニクスの発達した現在では電波伝播、地磁気、偏向、地熱副射量の変化等の要因が新たに作戦効率を左右する要素として加えられるであろう。そして、この面からも日本海は特色を持ち複雑で、対潜探索に影響する地殼熱流量は高く、地磁気の異状振幅、方向性の不明確等の生ずる海域も多い。また、ダクト現象が発生することも多く、山陰沖を行動中に時としてシベリア沿岸さえレーダーに映り、遠く離れた宗谷付近の通信が聞こえることもある。異状伝播は、周波数又はアンテナ高度によってその到達距離が拡大、縮小され、この現象を利用すれば、位置の確認、行合船及び天候悪化の早期察知、作戦的には日標の早期発見、通信通達距離の拡大等が可能となるであろうが、いまだ、これらの現象をpositive、に利用する態勢にはない。気象、海象をはじめ地磁気、地熱、電波伝播等の各種自然現象を解明し利用する態勢を早急に確立すべきであり、これらの分野に関する研究の成否が日本海を制し得るか否かの一つの鍵となろう。

おわりに

 今までの海上勤務の経験では荒海られるか、反対にカームであれば視界不良に悩まされるかのいずれかであったが、ここ日本海では荒海と吹雪と視界不良がいっしょにやってくる。冬の狭視界航行では前甲板はもちろんのこと、ウイングにさえ見張も出せず、艦橋の窓は凍りつき、全力運転のワイパーも1Oセンチ程度の空問を透明にするのが精一杯。しかも、その穴から見えるのは、上甲板に襲いかぶさる青波と、強風のためか、上からではなく下から吹き上げてくる雪前部の旗竿がやっと。このように日本海の自然は厳しく、太平洋の常識が時として通ぜぬ荒海ではあるが、我が国の防衛上極めて重要な、また、国名をもって呼ばれる我が海、我が庭であり、我らが祖父栄光の海でもある。

  "Welcome to the Sea of Japan Show your f1ag again for the unity of the Free Wor1d."

 上記は昨年の第7艦隊旗艦ブルーリッヂ、本年8月の豪フリゲート「スワン」を若狭沖に出迎えた時のメッセージである。どうぞ、日本海においでください。ところで、我が第31護衛隊は本年12月で建造以来20年の老齢艦となるが、舞鶴地方隊随一の精鋭実力部隊の誇りを胸に、北は秋田から南は島根に至る1,200qの海岸線を有する舞鶴地方隊担当海域の防衛、警備、災害派遣、監視、広報と東奔西走。世界地図の上から'{Sea of Japan"という名称が消されることのないよう日本海のship dayの増大に努めております。そして、我が第31護衛隊は日本海正面の第一線部隊として、これら各種の海洋特性を克服し、日本海を我が内海、我が庭と心得え、日本海を制する部隊でありたいと念じ、次のモットーを旗じるしに日夜訓練に励んでいる次第です。

  Fo1low Me(指揮官先頭)
  One Family(みんな家族だ)
  Ocean Mind(おおらかな、海のロマンの分かる船乗りたれ)


   第31護隊司令 平間洋一