はじめに

 アメリカの未来学者トフラーAlvin Toffler)は、『戦争と平和』という著書に「米ソ二超大国が対峙していた冷戦体制下には代理戦争は会ったが、戦争の発生は比較的抑制されていたという印象を受ける。しかし、第二次世界大戦が終結した1945年から1990年までに、朝鮮・ベトナム戦争などから民族紛争などの内乱を含めれば、150回の戦争が勃発し、この45年間に地球が戦争から解放されたのは3週間しかなかった」と記している(1)。このことからも、「平和が常態で戦争が異常」とか、「水と安全はただ」との日本人の感覚が世界の常識とは大きく異なつていることが理解できるであろう。また、イギリスの戦略家リデル・ハート(Basil Henry Liddell Hart)は「もし平和を欲すれば戦争を知れ」として、戦争を研究し教えるためにロンドン大学(キングスカレジ)に戦争学部を創設したが、平和を追求するためには戦争の本質を研究し、未然に戦争を抑止する手段でもある軍事力を理解しなければならない。

 世界各地で発生している紛争や内乱、西沙・南沙諸島の中国の占領問題、北朝鮮のミサイルや核・生物兵器開発疑惑問題など、国債関係の根底には軍事問題が常に存在し、軍事問題は国際関係を左右する大きな要素であり、安全保障上の骨幹である軍事の知識を欠いた国際関係論は砂上の楼閣に過ぎない。このため諸外国の主要な大学においては、国際関係学部の中に軍事学の講座を開設し、軍事問題を学術的に研究・教育している。このことは、これらの大学出版部から出されている戦争や軍事に関する本書の末巻に示すおびただしい参考文献をみれば明らかであろう。ところが、わが国では第二次世界大戦の悲惨な体験と、冷戦時代の社会主義諸国からの思想的影響により、いわゆる空想的平和主義が蔓延し、長らく軍事を語ることがタブー視され、国家存立の原点である国防問題、特に軍事問題が疎まれてきた感が強い。このため、いわば軍事を片隅においた、資源や食料などを主軸とした「総合的安全保障論」が不思議とは考えられない時代が続いた。このため、軍隊や軍事力などの問題に正面から取り組んだ理論的体系的かつ学術的な出版物は極めて少ない。

 そこで、国際関係を考えるうえに不可欠な軍事問題を学術的に学ぼうとする杜会人、あるいは大学生などのための体系的・学術的な入門書とすることを目的として本書を編纂した。本書の特徴を求めるならば、第一は各種の制約を受けている現在の日本の防衛問題や自衛隊などには触れず、軍事力というものを国際的な視点、通念で捉え、軍事力の本質や特質を記述したことである。第二の特徴は、本書が防衛大学校防衛学教室および自衛隊幹部学校などに所属する教官有志で構成する「防衛学研究会」のメンバーによって執筆、編纂されたものであり、筆者のすべてが自衛官あるいはOBからなる教官であり、実務的体験のうえに学術的な研究を加えて論述した点にある。

 本書により軍事問題が正しく理解され、わが国の平和と安全に多少とも役立つならば、これに過ぎる喜びはない。

           平成11年4月
                       防衡大学校「防衛学研究会」代表.平間洋一


(1)アルビン・ハイデイ.トフラー(徳山二郎訳)『アルビン・トフラーの戦争と平和 二一世紀 日本への警鐘』(扶桑杜、1993年)26―27頁。
(2)奥村房夫『戦争の論理』(学陽書房、1986年)8頁。

目次
第1章 理論―軍事力とはなにか
第2章 軍事力の歴史的研究
第3章 現代の軍事力の態様
第4章 現代の各種戦の態様
第5章 後方支援と軍事力
第6章 科学技術と軍事力