あとがき:編者の論争
 本書の編集に当たって最大の問題は、編者2人の主張の相違であった。それは「対話」か「圧力」か、国際連盟や多国間協議を重視するのか、日米同盟を重視するのかのパワーポリテックス論の対立でもあった。杉田は「対話」を重視すべきとし、パワーポリテックスを否定し、「日米同盟破棄論」を唱えた。一方、平間はパワーポリテックスの「圧力」を、「日米安保重視論」を主張し、両者の論争は最後まで妥協を許さなかった。両者とも歴史家であり、歴史から教訓を得ようとしているが、全く異なった教訓を得たことになる。
 編集完了後に、このような問題を論じた論文が本書に欠けていることに気づいた編者は、読者に多様な思考方法を提供するのは意義があるのではと考え、両者の論争を整理し記載することにした。この両編者の主張が蛇足か、末尾を飾るものかの判断は読者に任せたい。しかし、このように相反する主張を持つ編者が協力しながら編集したところに、本書の価値もあるのではないか。それは読者が本書から多くの示唆を得られるからである。編者としては、この多様性こそが本書の特徴であり、本書の価値であると考えているが、読者はこの「編者」の論争をいかがお感じであろうか。

杉田米行の主張と見解:日米同盟解消論


 北東アジアの将来に米国は重要な役割を果たす。歴史的に分析してきた米国の東アジア政策から鑑みて、日本の今後の安全保障政策はどのような選択をすべきだろうか。一つの選択肢として、現状維持路線がある。経済成長最優先、戦争放棄条項をもつ憲法に基礎を置く平和主義、特にアジア諸国を中心に日本軍国主義の復活に対する懸念などの諸要因により、日米同盟に決定的な亀裂が生じないようにバランスをとりながら、日本の軍事費支出と軍事貢献を最小限に抑える路線である。第2の選択肢として、1994年の防衛問題懇談会報告書 、1995年のナイ・レポート 、1997年の新ガイドラインの設定 といった、現在の日米同盟を積極的に強化することも可能だ。日本がさらに防衛貢献を高め、憲法改正を実施して米国との間に法的に認められた集団的自衛権の行使を含めた安全保障体制を築いていく路線だ。
 
 しかし、アジア地域における米軍駐留の根底には米国の対アジア蔑視観があり、米国がアジアにおける脅威を誇張しているという側面もある。アジアは不安定な地域であり、米国がアジアに安全保障という「酸素」を吸入しなければ、混沌とした状況に陥ると考えていた。冷戦期にはソ連と中国、冷戦終結後には北朝鮮という脅威を過度に誇張し、その脅威でもって同盟国の韓国や日本の行動を抑制してきた。小泉訪朝は新しい、より自立した日本外交の幕開けと感じられる部分もあったが、米国は日本の独自外交路線を苦々しく思い、北朝鮮の脅威を更に煽り立て、日本を日米同盟の枠組みの中に引き戻した。「誇張された脅威」を根拠とした日米同盟の強化は米国の対アジア蔑視観を増長させるだけであり、戦後半世紀以上にわたって日本は対米従属的立場を脱することができず、真の独立国家として米国と対等な関係を築くことができない。

 日本が21世紀に国際社会の中で自立した国家として存在していくためには、戦後の対米従属という状況を克服しなければならない。米国と対等な協調関係を築くために日米安全保障条約を破棄し、日米関係を支配従属という縦の関係から独立国家同士の正常な関係に変えていくことが必要だ。30年ほどの歳月をかけ、段階的に日米同盟を解消し、日本が自国の安全保障に責任をもちながら隣国と信頼醸成をしていくことが必要だ。2003年6月6日、有事法制関連3法が成立した。福田政権下の1977年に政府が有事法制の研究に着手して以来、4半世紀を経て、日本有事対処の法体系が整備されたのである。
 
 確かに日本の軍国主義化を懸念する声も聞かれるが、日米同盟解消によって低下する防衛能力を補うために独自の防衛戦略をたて、タブーを持たない柔軟な防衛戦略思想を持つためにも、これは必要不可欠の第一歩だった。ただし、日本の軍事費が突出しないようにするために、毎年の軍事費を国内総生産の一定割合(例えば1%)とし、経済成長と軍事費を連動させるようにする。経済成長と防衛体制強化がゼロ・サム・ゲームになるのではなく、相互補完的関係にすべきである。さらに、このような30年計画を進めるにあたっては強力なリーダーシップが必要である。そのようなリーダーシップを発揮できる有能でひとかどの政治家が日本に現れるか否かが21世紀の日本の明暗を分けることになろう。

平間洋一の主張:日米同盟強化論


 平和はいかにして維持できるであろうか。東京大学の猪口孝教授は「力の均衡論(ヘンリー・キシンジャー)」、世界の民主主義を推進し、相互理解を進めることで防止する「ユートピア論(フランシス・フクシマ)」、所詮は文明(価値観)が衝突するので紛争は不可避の「反ユートピア論」を挙げているが、歴史を見ると世界が平和であったのは超大国が君臨した時、複数の国家が連合してパワーバランスが働いていた時であったことが圧倒的に多かったと述べている。4とすると、乱暴な分類ではあるが、米国の一極支配を認め「圧力」を行使する「北風」か、あるいは国連や日米中韓ソなどの関係国が援助を与え北朝鮮を説得する「話し合い」の「南風」のいずれが問題を解決するのに有効かということになるであろう。

 今回の米朝の対応で、これほど北朝鮮が強硬な外交を展開したのは、ロシアや中国だけでなく、韓国、日本までもがブッシュ大統領の強硬策に反対し、「あくまで話し合いによる平和解決を」主張したからであった。「強硬策で北を追い詰めるとかえって危険だ」という論理が完全に裏目に出てしまった。これは国際秩序に従わない国家に対しては、武方行使を含めた強硬策の可能性を残しておいて、初めて本当の交渉や平和的な解決が可能になるという政治のリアリズムを無視した結果である。軍事力のみでの国際間題の解決がありえないのは当然だが、武力を行使しないことを宣言した上で、国際問題を総て解決しようとするのも幻想である。
 第1次世界大戦後のベルサイユ講和会議で国際連盟が成立し、続いてワシントン軍縮などが調印されると、当時の日本には現在と同じように、「国際連合・平和・軍縮」の大合唱が起った。冷戦後の1992年には国際連合のガリ事務総長から国連平和創設・維持機能を強化する「平和への課題」が提出されると、同じような熱狂的な歓迎ムードが聞かれた。

 しかし、参加する隊員の安全が確保できないと、1994年のウガンダ内乱には国連の依頼で兵を派出する国がなく、ガリ構想は3年で消えてしまった。国際連盟について宇垣一成中将(のちの陸軍大臣)は、「人々の正義と人道に対する観念が利害や感情の上に超越する如くならざる以上は駄目である」。 「先づまづ平和増進のため、 無きよりは結構であるという程度に考へいれば、甚しき後日の失望も起るまい」と日記に書いていたが、海軍大学校校長を務めた佐藤鉄太郎中将は、「国際連盟とかワシントン会議といふが如き大袈裟な、 しかも不真面目なる幾多の平和機関を設けて戦争を予防せん」としているが、「賢明なる外交は決して背約すべきものではない」が、 「国際連盟及び協約は利用すべきもので、 忘れても利用さるべきものではない」と書いている。そして、その後に生じた国際情勢は宇垣や佐藤が予言した通りに推移し、外交官や政治家が望んだ通りにはならなかった。

 また、多国間協議もバイタルな問題となると機能しないことを歴史は教えている。国際連盟初代日本代表の石井菊次郎は、「連盟の蒔いた種がデュネバの空気が肥料となり、ロカルノ条約を生み出したのである」。「ロカルノ条約は能く之を吟味すればする程、その効果の偉大なるを見出すのである」と、7国際連盟とロカルノ条約の締結を賛美した。しかし、日英同盟という強力な二カ国体制を四カ国に拡大し、普遍的な多国間条約とした「太平洋に関する四カ国条約」は太平洋戦争を防止することは出来なかった。また、ヨーロッパのドイツ、イギリス・フランスなど6カ国が署名したロカルノ条約体制も、ヒトラのラインランド進駐の一撃で崩壊してしまったのである。

 多国間による協議が前述の通り機能しないとすれば、日英同盟の例を挙げるまでもなく、後ろ支えをしてくれる同盟国が日本には必要である。とすれば、19世紀のイギリスの首相パーマストンの「大英帝国には永遠の友も永遠の敵もない。存在するのは永遠の国益だけである」との言葉を引用するまでもなく、同盟国選定の第1要件は国益が守れるパワーポリテックスであり、第2はパワーポリテックスを支える軍事力、第3は強大な軍事力を支える経済力である。そして、パワーポリテックスの観点から見れば「勝ち馬に乗れ」という現実的な選択であろう。